SIGNATURE 2018 1&2月号
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一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』など。エッセイに美術紀行『美の旅人』シリーズ、累計一六四万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』(小学館)などがある。最新刊は『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』(上下巻・集英社)。Shizuka Ijuinィールーム、遊技室、図書館まで備わっていた。小説では主人公が、客船の中で西洋とは何かを見聞させるシーンを書き、物語で大切なウィスキーとの出逢いを紹介した。 横浜に入港すると、すでに完成していた鉄桟橋(総延長七三八メートル)が迎えた。 函館、小樽に寄り、北の地がどんな土地か見させることで、信治郎が日本で最初のウィスキー蒸留所を天王山麓の山崎の地を選択、決定させる材料とさせた。 それともう一点、信治郎もかつて船上から見たであろう富士山のことで、彼が子供たちを客船に乗せて、ぜひ見せるようと命じた、或る言葉があった。 「ええか、富士山を見させるんや。それも富士山がいかに裾野が広い山かということをや。富士山の素晴らしさは日本一高い山やということだけやない。あの裾野の広大さや。人間も裾野の広い山のような人にならなあかん」 私が感心するのは、十三歳で丁稚奉公からはじめ、二十歳でちいさな商店を開店し、休みもなしに仕事で明け暮れしていた一人の男が、仕事の実践の中で、周囲をつつみ込む、包容力、寛容な精神を獲得していたことである。 アジアの島国でしかなかった日本が今日世界の中でも有数な経済力、技術力を持つようになったのは、きっとたくさんの鳥井信治郎が存在していたからではないかと思うのである。Number 109A Port Town9

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