SIGNATURE 2018 3月号
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おいらんにんじょうざた吉原の桜 第19と回花魁の華に溺れた男。冷たい愛想づかしが招く刃傷沙汰歌舞伎名場面文・川添史子 イラスト・大場玲子(兎書屋)CSignature 江戸にやって来た上州佐野の絹商人・次郎左衛門は、田舎への土産噺に……と新吉原へ立ち寄り、偶然、花魁の八ッ橋に出会ったのが悲劇の入り口となってしまった。 『籠釣瓶花街酔醒』序幕、仲の町での「見染めの場」は、次々と通り過ぎていく豪華な花魁道中が見ものである。奥から出てきた八ッ橋の道中に、次郎左衛門とお供の下男が行き合う。生まれて初めて花の吉原に足を踏み入れた田舎者は、艶然とゆくミステリアスな美人を、ただ呆然と見送る。「宿に帰るは、いやになった」と魂を抜かれたように立ち尽くし、持っている笠は手からすべり落ちる。実直な男の運命がガラリと変化した瞬間。 次郎左衛門は吉原に通い詰めて〝馴染み〞となるが、ついに八ッ橋の身請けをしようという晴れがましいその日、満座の席で女は冷たく愛想づかしをする。傷ついた男の絞り出すような台詞「花魁、そりャァ袖なかろうぜ」は、哀れで、淋しく、切ない。故郷に帰って商売や財産の整理をした次郎左衛門は、その数か月後、江戸に戻り、八ッ橋をはじめ大勢を惨殺。「籠釣瓶」は、その時に次郎左衛門が使った妖刀の銘で、かごつるべさとのえいざめみやげばなし釣瓶が籠で水が少しもたまらない、つまり「水もたまらぬ切れ味」という意味である。 元は江戸時代の享保年間に起きた〝花の吉原百人斬り〞という実在の事件。内田吐夢監督で映画化もされており、こちらは八ッ橋の花魁道中をクライマックスにし、次郎左衛門の妖刀沙汰をその道中に重ねる。桜吹雪での大立ち廻りの壮絶な美しさは有名だ。 見染めの場で次郎左衛門を振り返り、にっこりと笑うのは六代目中村歌右衛門の型で、満場の観客を陶然とさせる美しさだったと聞く。初代中村吉右衛門と六代目歌右衛門の『籠釣瓶』が、生まれて初めて観た歌舞伎という山川静夫さん(元・NHKアナウンサー)は、自著の中で、自分が次郎左衛門そっくりの状況だったと振り返る。静岡から上京したての大学生が歌右衛門の八ッ橋に一目惚れし、それからすっかり歌舞伎にのめり込んでいったとか。先日も高麗屋三代襲名で賑わう歌舞伎座3階でお姿を見かけたばかり。60年超の〝蜜月〞はまだまだ続いているようだ。17江戸・享保年間に起きた「吉原百人斬り」事件をもとにした「籠釣瓶花街酔醒」。右は、千歳座(現在の明治座)初演時(明治21年)の大判錦絵。年玉印(歌川派の絵師落款)に「梅堂国政筆」とあるように、四代目歌川国政(後の三代目歌川国貞、1848~1920年)の筆になる。主に文明開化絵や役者絵を描き、初代市川左團次の似顔絵を得意としていた。籠釣瓶花街酔醒新造あやめ=四代目沢村源之助宝生粂之丞=五代目市川小團次八ッ橋=四代目中村福助阿波太夫=坂東鶴十郎佐野次郎左ェ門=初代市川左團次明治21年(1888年)三代目歌川国貞画東京都立図書館特別文庫室蔵Text by Fumiko KAWAZOEIllustration by Reiko OHBA(TOSHOYA)olumn1“Kabuki”a sense of beauty

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