SIGNATURE 2018 3月号
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ColumnCSignature18はしもと まり/日本美術を主な領域とするエディター&ライター。永青文庫副館長。著書に『SHUNGART』(小学館)、『京都で日本美術をみる【京都国立博物館】』(集英社クリエイティブ)。 描かれた時代は江戸を越えて明治の頃、月岡芳年が晩年に手掛けた、32枚からなる美人画の揃物の一点。テーマは「にあいさう(似合いそう)」。男髷を結い、鳶の男性のような姿に装い「俄」と書かれた扇子を持った「彼女」は、本文で言及した「俄」の祭りに男装で参加する吉原の芸者だ。凛々しく粋な男の姿がさまになっているところから、「似合いそう」という読み解きなのだろう。日本美術の冒険 第41回文・橋本麻里 男装と女装、というカテゴライズは、もしかすると当事者である江戸の人々にはピンとこない考え方かもしれない。 現代的なジェンダー規範がなく、たとえば共同体のフルメンバーである「成人男性」に対して、前髪のある元服前の少年(=若衆)という存在があり、彼らは年齢とは関わりなく、男らしくあろうが、女性のような美しいものであろうが、咎められることも白眼視されることもなかった。 同様に女形という属性の歌舞伎役者も、男女ともつかない存在だ。 彼らの評価として書かれた言葉には、「『かわゆらしきものごし』『まなざしは玉芙蓉を欺き』……など、『女と見まがふ』ような……表情が愛でられ、李夫人や宮中の女性など、女性が美の基準となってい江戸の女装と男装会期 : 2018年3月2日(金)~25日(日)会場 : 太田記念美術館(東京・原宿)アクセス : JR山手線:原宿駅表参道口から徒歩5分    東京メトロ千代田線/副都心線:明治神宮駅5番出口から徒歩3分開館時間 : 10:30~17:30(入館は17:00まで)休館日 : 月曜お問い合わせ 03-5777-8600(ハローダイヤル) http://www.ukiyoe-ota-muse.jpText by Mari Hashimoto月岡芳年(1839~92年)《風俗三十二相 にあいさう 弘化年間廓の芸者風俗》大判錦絵 明治21年(1888年)太田記念美術館蔵る」(佐伯順子『「愛」と「性」の文化史』角川選書)とあるように、そのなよやかで女性的な美が、明らかにこの時代のひとつの「男性美」の基準となっていた。橋本治が「ジェンダーが自由というより、そもそもジェンダーみたいな考え方はない、というほうが近いのでは」という江戸時代の人々が、どれほど自由に男女の境界を行き来していたのか、浮世絵を通じて検証するのが、この「江戸の女装と男装」展だ。 浮世絵専門館に誰もが期待する、歌舞伎の「女形」はたっぷり紹介される。その始祖とされる出雲阿国の一座では、阿国自身が男装して舞台へ上がっていたが、風紀の乱れを憂えた幕府は、寛永6年(1629年)に女性が歌舞伎に出演することを禁じた。以後、男性の役者が女性役を専門に演じることになる。その一方、祭礼など非日常の場──たとえば遊郭の吉原で8月に行われた「俄」(幇間や芸者などが演じた即興芝居)の祭りで、男装した芸者たちが演じた獅子舞や俄狂言などの様子も伺える。 謹厳な封建主義を建前としながら、「成人男性ではない」人間たちが、容易に性を入れ替え、装いを入れ替え、社会的な立場の上下を入れ替えることが容認されていた時代。現代とは異なるその「自由」の本質が何だったのかを見極めたい。にわかほうかん2男女の境界を自由に往来していたスリリングな江戸文化Art

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