SIGNATURE 2018 3月号
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5また一人素敵な日本人に逢えたわ 今月はまず右頁の一枚のポートレートをご覧いただきたい。 一瞬、どこに人が?と思われようが、中央に長い鬚を生やした老人が見える。「何者だ? この人は……」 このポートレートを見た大半の人は少し驚かれよう。 次に、ここは南方のジャングルかどこかですか、と問われるかもしれない。 いや、ここは東京、池袋の一角にあったちいさな家の庭なのである。露地を合わせて五十坪です。写真家、藤森武氏のキャプションに「天狗の腰掛け11番目」とある。11番目とは老人が日がな一日、この庭を静かに散歩する折の、散歩コースの11番目ということである。そこに木の根株などが椅子替りにあり(全部で十六箇所あった)、散歩の途中で休み、佇むというわけです。||よほどお好きなんですね? ポートレートの主人公は画家、熊谷守一である。この連載で熊谷守一のことを書くのは、これで三度目である。十年近く執筆していて三度も書くのは、守一しかいない。 そう訊かれれば、好きですね、守一は、と答えるしかない。 その折の文章を読み返してみると、一度目は守一との出逢いと、どんな画家であったかを紹介する内容だった。二度目は守一の愛息、陽さんが亡くなった時と、その他のお子さんを失くした画家の哀しみと、私の弟が故郷の海での海難事故で亡くなった折の、父と母の悲しい姿を重ね合わせて、子供を失くした親の気持ちを書いていた。 もう十分書いたのでは、という気持ちがあったが、去年の年の瀬に、東京・竹橋の東京国立近代美術館で熊谷守一展が開催され、その作品を二度鑑賞に行Text by Shizuka IJUINPhotograph by Takeshi FUJIMORI & Masaaki MIYAZAWA

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