SIGNATURE 2018 4月号
3/82

 その旅は、急に決まった旅であった。 或る人を介して、一人の中国の青年が逢いにやって来た。「李と言います。映画のプロデュースをしています。実は高倉健さんとお逢いして、あなたの名前が出まして、ぜひ中国を舞台に映画の原作、脚本を書いていただきたいのです」「今、何とおっしゃいましたか?」 青年は同じ言葉をくり返した。 高倉健さんの名前が出て、映画を製作したいという話は、それまで何度となく耳にして、大半の企画が頓挫した話も聞いていた。 目の前に立っている青年は、私よりふた回りは若い人であった。「失礼ですが、どこの映画会社の企画ですか?」「どこでもありません。僕が製作します」「あなたが……」 数日後、私は彼と食事をともにした。彼がどれだけ高倉健という役者を尊敬し、憧れているかを語りあい続けた。若者の話を聞いているうちに、この青年には私にはない熱いものがあることがわかり、純粋無垢なところが伝わって来た。 健さんにも、私のことは話してあると言う。そのことを確認するわけにはいかないが、知人に状況を訊くと、健さんも李君を支持しているという。 彼は私の前に一枚のDVDを差し出した。 表紙を見て、私は言った。「これはいい映画でした」「ご覧になりましたか?」「はい。ひさしぶりに映画館へ行きました」『山の郵便配達』と題された作品で、中国のアカデミー賞と呼ばれる〝金鶏賞〞をはじめ、海外でも賞を獲得した作品だった。 作品の内容は、八◯年代初頭の中国、湖南省の山間で長い年月郵便配達を勤めた初老の男が自分の体力が衰えはじめたことを知り、後継ぎとなる息子と二人、父として最後の配達にむかう道程を描く物語だった。重い郵便袋を背負い、愛犬とともに息子とやま7Text by Shizuka IJUINPhotograph by Masaaki MIYAZAWA

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る