SIGNATURE 2018 4月号
33/82

年ほど昔、モロッコ西部のベルベル人の村を訪れた。ベルベル人はモロッコの先住民で、今もまだ、田舎で伝統的な生活を送っている人が多い。モロッコのラグ、陶器などの伝統工芸は、ほとんどが彼らの手によるものだ。 迷宮のような細い路地から、一軒の家の中庭に入る。その家はガウディの建築のように直角がどこにもない、丸みを帯びた不思議な造りで、真っ白に塗られている。 中庭の真ん中に敷かれたシンプルなラグの上で、女性が3人集まって、ゆったりと作業をしていた。一人は木の実を石で叩き、もう一人は粘土のようなものを捏ね、最後の一人は石臼のようなものを挽いていた。木の実を叩くリズミカルな音、意味はわからないけれど、ベルベル語の楽しげな響きの中、女性たちの手は淡々と動き続ける。伝統的な方法で、この地方特産のオイルを作っているのだという。見せてもらうと、粘土のようなものの脇にオイルがほんの少し溜まっている。 木の実の核を取り出し、砕き、臼で挽き、捏ねてオイルを搾り出すという、気の遠くなるようなスローな作業。1リットル搾るのに木の実30キロ、作業に1週間かかるという。 私たちの前に、木のちゃぶ台のようなテーブルが用意され、ミントティー、インドのナンのような香りの焼きたてのパン、美しい黄金色のオイル、ピーナッツバターのようなペーストが出て3720

元のページ  ../index.html#33

このブックを見る