スカーナの古都、アレッツォに生まれ、ローマで育ったヴィットリオ・グリゴーロ。オンステージでもオフステージでも、イタリアの太陽のように底抜けに明るいというのが、これまでの出会いで感じてきた印象だった。たとえ悲劇的な結末のオペラであっても、カーテンコールに現れるグリゴーロは、可能であれば観客の一人一人を抱きしめてしまうのではと思われるくらい、喜びを全身からあふれ出させる。ところがこの日、インタビューのためにメトロポリタン歌劇場に現れた彼は、傍目にも少々疲れているように思えた。 この冬、グリゴーロはプッチーニ作曲の超人気オペラ《トスカ》のヒーロー、マリオ・カヴァラドッシ役を初めて歌った。この役は、彼がこれまでに歌ってきた役はための中でも、最も劇的な大役である。13歳の時にローマで《トスカ》の羊飼い役で初めてオペラ出演を果たしたグリゴーロは、その時カヴァラドッシ役を歌ったルチアーノ・パヴァロッティにインスパイアされて、オペラ歌手の道を志したという。人気オペラの役を歌うということは、パヴァロッティのような、その役を成功させてきた数々の名歌手の記憶と理不尽にも比較されるということでもある。そんな大役を初めて歌う劇場として、グリゴーロは世界最高峰の劇場の一つ、メトロポリタン歌劇場を選んだのだった。 インタビューの日は、その《トスカ》最後の公演日の2日後だったが、これまで張り詰めていたものが緩み、「疲れて」いるように見えても当然だったのかもしれない。もっとも今回の公演は、観客からも批評家からも支持され、自分自身、大きな手応えがあったようだ。疲れについては、「1週間くらい充電が必要かな」と笑う。 「カヴァラドッシが3幕の開幕早々に歌う有名なアリア、『星は光りぬ』は、星の輝き、大地の香り、扉が軋む音など、人間の五感について歌っています。処刑を間近に控えた彼は、この感覚をもうすぐ失うことを知っている……。私は一人の人間として、アーティストとして、歌手として、お客様にこの『感覚』を感じてほしい」きし 彼にとってコンサートは、この「感覚」を、さらに親密な状況で共有する場なのだという。 「コンサートは、ただ好きな歌手が好きなアリアを歌うのを聴く場ではなく、アーティストの観点、フィーリング、芸術に関する展望を共有する、スペシャルな瞬間にコネクトすることによって、愛するアーティストをよりよく知る機会なのです。オペラよりもずっとパーソナルで、親密です。コンサートのプログラムには、われわれアーティストは生涯の一部、人生経験を晒すのです。オペラはオペラのストーリーと、それを歌う歌手のストーリーが合わさったものであり、歌手だけのものではありません。しかしコンサートでは、すべては歌手自身のストーリーなのです。コンサートでは、自分だけでいられます」 そういう意味で、コンサートはオペラよりも自由なのだそうだ。12月の東京ではオペラ・アリアを歌うが、具体的な曲目はまだ考慮中だと言う。日本にはできれば1年に1度は出かけ、日本の観客との関係を深めたいのだそうだ。 「私はいつもスペシャルに感じるものしか歌いません。コンサートは、アーティストとアートの内面の旅路でなくてはならないのです」 今年41歳、いよいよ充実の旅路を迎えるグリゴーロだが、音楽に対する情熱を発見したのは4歳の時だという。数年後にはシスティーナ礼拝堂聖歌隊に所属し、早くから演奏旅行をするようになった。前述したパヴァロッティの《トスカ》を聴いて歌に真剣に取り組むようになり、14Vittorio GRIGOLOヴィットリオ・グリゴーロ|1977年、イタリア・アレッツォ生まれ。9歳でシスティーナ礼拝堂の聖歌隊に所属。13歳、ローマで《トスカ》羊飼い役でパヴァロッティと共演し、「イル・パヴァロッティーノ(ちいさなパヴァロッティ)」の異名をとる。23歳で史上最年少のテノール歌手としてミラノ・スカラ座にデビュー。以降数年で大巨匠の指揮者たちと共演、ウィーン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラ・ハウス、ベルリン・ドイツ・オペラ、ローマ歌劇場など世界の名高いオペラハウスで活躍。2014年にはメトロポリタン歌劇場で、パヴァロッティ以来イタリア人で2人目となるリサイタルを主催するなど、その実力は世界中で絶讃されている。ト
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