7 仙台にある私の自宅には、家のあちこちに額装された写真、絵画、リトグラフが壁に掛けてあったり、窓際に置いてある。 家人の趣味であるが、私から、これを額装して、どこかに置いて欲しい、と注文することもある。 私が注文するものは主に絵画、彫刻の写真で、何年か先に時間があれば、鑑賞旅行へ出かけたいと思っている美術作品である。ほとんどが資料をコピーしたものや、雑誌から切り取ったものだ。だから高価なものはひとつとしてないが、同じ作品でも、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』などはその美術書の発刊された年代、撮影された日の光の加減でまったく違う印象になる。彫刻などはもっと違いがある。だからなるたけ本物に近い写真を見つけて、その度に差し替えてもらう。〝美術鑑賞の旅〞は、私の本業とは違うから、小説の執筆中にいつも見ることはできない。仕事が一段落して、休憩の折、ソファーに座っていて視界の中に、その絵画なり彫刻が目に留まると、ぼんやりと眺める。 私は美術、創作物を理解するには、一番は本物を見ることだが、次に大切なのは何度もその作品を見ることだと思っている。一、二年壁に掛けてあったものが、或る時、おやっとまったく違ったものに見えることがある。この遭遇がなかなかで、胸がときめくこともある。――やはり少々無理をしても、この絵画を鑑賞に出かけよう……。 と覚悟が固まれば、遅筆の小説の創作もスピードを上げたりできる。 面白いもので、絵画を飾って置くと掃除の途中の家人とお手伝いのお嬢さんが「奥さま、この女の人が抱いてる白貂って、フェレットですかね?」「この時代にフェレットはいないんじゃないの? 白いカワウソか何かでしょう」などと大胆な話をしている声が仕事場まで聞こしろてんえて来たりする。私は苦笑しながら、美術に親しむということは、こういうことでいいのではと思った。 それでも家のあちこちにある大小の額の中で一番多いのは犬の写真と、犬と家人(時折私も入るが)のスナップである。去年亡くなった長ヽ男ヽの犬の写真など、彼の表情が、したり顔をして見えたり、嬉しくてたまらないという顔に見えたりで、その折の思い出とよみがえり、見ているだけで気分がなごみ、犬への感謝の気持ちがあらためて湧いて来る。 そんな写真たちの中で二十数年変わらずに、仕事場の暖炉のレンガの壁に飾られている一枚の写真がある。 ゴルフコースの、それも或るホールの夜明け方のスナップだ。 アメリカ西海岸にあるペブルビーチゴルフリンクス&リゾートの9番ホール428ヤードパー4のまことに美しい写真だ。撮影はゴルフコースの写真では世界的評価を受けている宮本卓氏によるものだ。彼はこのペブルビーチコースの日本人でただ一人の専属契約をされたカメラマンでもある。 ゴルフコースの写真はこの一枚きりだ。 なぜ、この一枚が、暖炉の固いレンガにわざわざ打ち付けて掛けてあるか? それは仙台に居を移した折、南国育ちの私が、積もるほどの雪の中で過ごすことを初めて経験したからである。正直、驚いたし、大変な土地に住みはじめた、と内心不安になった。と言うのは、私の唯一の愉しみであるゴルフが冬の間はできないとわかったからである。ゴルフに夢中とまでは言わぬが、普段、机の前に座りっ放しの生活にとって、半日太陽の下で、自然の中で歩き、身体を動かすことは唯一の気分転換でもあった。 そんな折、〝球聖〞と呼ばれたボビー・ジョーンズの伝記を読んでいたら、彼が長く暮らしたアメリカ南東部
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