Khur&Tor 「ベンガル人は、米と魚でできている」。バングラデシュの小学校の教科書に載っている一文だ。 大きな川が何本も走っているバングラデシュでは、動物性たんぱく質の6割以上を魚から摂る。また、世界一の米消費国でもある。米の種類も多く、5000種ほどはあるという。年中黄金色の稲穂が実る肥沃で水豊かな大地だからこそ、「黄金のベンガル」と昔から称されてきたわけだ。 米の料理法も、日本のように水で炊くだけでなく、スパイスを効かせながら炊いたり、肉汁で炒めたりと多種多様。野菜や豆と一緒に炊く料理法は、「キチュリ」と呼ばれる。離乳食として重宝されている炊き込みごはんだ。 「チニグラ・ライス」ないし、「カリジラ・ライス」と呼ばれている粒サイズが小さい芳香米は、キチュリによく向いている。炊く時に漂うふくよかな香りが素晴らしく、「世界で最もよい香りのする米」ともいわれているのも納得がいく。この米をベースに、カボチャ、カリフラワー、ニンジンなどの野菜と、鉄分やビタミンB群が豊富なたんぱく源のレンズ豆を入れ、ギー、ターメリックやクミンなどのお腹に優しいスパイスを入れたのが、バングラデシュ版キチュリである。 赤ちゃんだけでなく、家族で食べる雨の日の定番料理というキチュリは、菜食薬膳料理であり、胃腸によいとされるウコンやクミンが入っていて、体を冷やさない。「辛いものに慣れだすのは、もっと後」とはいうものの、辛くないこの2つのスパイスは、赤ちゃんの頃から用いられる。 ノブニちゃん(2歳)も、生後半年ほどで、スパイス入りキチュリを食べ始めた。お母さんは、右手の3本の指先で、軽くすり潰すようにしてノブニちゃんに文・にむらじゅんこにむらじゅんこ|ライター、翻訳家、比較文学研究者、1児の母。長年のフランス暮らし、モロッコ通い、上海暮らしなどを経て、現在、鹿児島大学講師。著書に『クスクスの謎』(平凡社新書)、近著には『海賊史観からみた世界史の再構築――交易と情報流通の現在を問い直す』(稲賀繁美編、思文閣出版、共著)などがある。キチュリを与えてきた。温度を確かめることができるし、月齢に応じて軟度を変えながら与えることもできる。また、肉や魚の小骨を完全に除いて安全に与えられる。スプーンを使わないのは、結構、合理的なのだ。 イスラム人口が多いバングラデシュでは、インドには存在しないビーフカレーもよく食べられている。でも、ノブニちゃんの好物は、魚のトルカリ。トルカリとは、米の上にかけて食べるカレーなどの汁料理の総称。ニシン科、コイ科、ナマズ科などの魚が具のメインだ。肉のカレーに比べたら、ずいぶん胃に優しく、小さな子供に向いている。魚に使われる主なスパイスは、ショウガ、ニンニク、ターメリック、それに、チリ(ママたちは、年齢に応じて少しずつチリの量を増やしていく)。インドのスパイスの複雑さに比べると味つけはシンプル。バングラデシュの風土の豊かさゆえ、新鮮な食材が手に入るからだ。それだけに素材の味が生かされている(私見だが、バングラデシュのカレーは、北インドのものよりも日本人の口に合うと思う)。 卵のトルカリも子供たちの好物だ。タマネギとクミンが、卵本来のほのかな甘みを引き立てる優しい味。魚のように骨を除く必要性がなく、食べやすいのも、子供にもママにも人気の秘密かもしれない。hici kari 三つ子の胃袋も、百までトルカリ=汁料理「米と魚の国」の人々の離乳法48
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