SIGNATURE2018年05月号
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似合う額縁を買って来てくれて、そこに掛けた日の夜、暖炉の炎を見つめながら、いつかもう一度、このホールのティーグラウンドに立つことができたら、良いプレーをすることができれば、それにこしたことはないが、どんな結果であれ、その時は笑ってホールアウトできるゴルファーになっていよう、と思った。 長い間、この連載のイラストを描いて下さっていた長友啓典氏が亡くなって、ちょうど一年が過ぎた。私以上のゴルフ好きで、アマチュアゴルファーのお手本のようにマナー、品格があるゴルフをする方だった。 あの日、私にとって9番ホールに悪魔が棲んでいると言ったのもトモさんだった。あまりに口惜しがる私に、トモさんはクラブのバーで、 「あんた大叩きしたからって、人生の終りとちゃうで」 と言った。私は腹立たしくて返答もしなかった。若かったのだ。 たしかに人生が終るはずはないし、むしろ失敗のただ中にいたことが、そのゴルファーを育てるものなのだと、今はわかる。こう書いても「ほんまにわかってんのかいな」と声が聞こえそうである。一年目に黙祷。9一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』など。エッセイに美術紀行『美の旅人』シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』(小学館)などがある。新刊に『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』(上下巻・集英社)、『文字に美はありや』(文藝春秋)。最新刊に、累計百七十万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズから珠玉のエッセイを抜粋した『いろいろあった人へ』(講談社)がある。Shizuka Ijuin伊集院 静

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