SIGNATURE 2018 7月号
28/84

『ブルックリン蔵』に先駆け、米国産日本酒の道に踏み込んだ男がいる。それが米国最北東部メイン州にある『ブルー・カレント』(Bue Current)のダニエル・フォードさんだ。 同州最大の都市ポートランドから南へ車で1時間。州最南端の町、キタリーの一角に、その醸造所はある。 ここで育ったフォードさんは、やがて名門ハーバード大学へ進学し、卒業後は金融業界に身を投じた。仕事を兼ねて訪れた日本では、その食文化と日本酒に心底惚れ込んだ。好景気の波に乗った人生は上々。しかし、すべてを覆す出来事が起こった。2008年のリーマン・ショックだ。 失業後、人生の再模索を始めた。当時、アメリカはクラフトビール最盛期。酒好きな若者がこぞってビールを醸し、その熱はウィスキーにも飛び火した。「酒造りは魅力的。でも、成熟した市場で人と同じことをやっても道は開けない。そんな時、思い浮かんだのが日本酒でした」。 一から知識を叩き込むため、酒教育評議会のクラスを受講。唎酒師の資格も取り、日本の酒蔵と交流を重ね、貪欲に知識を蓄えていった。 最初の醸造は自宅のガレージで行った。醸造機材探しには苦労したものの、こだわって選んだ国産米と地元の良水なら旨い酒になると信じてl *醸し続けた。起業資金はクラウドファンディングで集め、友人家族らに支えられ、2011年、『ブルー・カレント』はついにアメリカ市場という大海原に乗り出すことになった。 転機が訪れたのは16年。ロンドンの品評会に出品した純米吟醸が金賞を受賞したのだ。今、フォードさんの日本酒は、メイン州を中心に近隣都市でも広く流通している。「しかし、うかうかしてはいられません。日本酒の魅力に気づいた人たちが続々と醸し始めていますから」。その言葉どおり、アメリカでは小規模ながら、他州でも酒蔵が誕生している。 フォードさんに別れを告げ、次に向かったのはポートランドだ。漁港に隣接するダウンタウンにある日本料理店『ミヤケ』。ここを取り仕切るのは、青森県出身のオーナーシェフ、三宅正彦さんだ。東京で懐石料理の腕を磨き、食の激戦区ニューヨークで活躍、その後、よりよい素材を求めてこの地で店を開いた。 地元の新鮮な素材でつくられる料豊かな天然水を活かした、正統派の酒造り32上から:精米後のコシヒカリ。酒米ではない米をあえて日本酒造りに用いている。/発酵の後、酒を搾る際に生じる酒粕を黙々と削ぐフォードさん。同じ道に参入してきた『ブルックリン蔵』の二人とは、互いの技術向上のために親交を深めているのだそう。/中国で入手した醸造タンク。/糖度の高いコシヒカリで造る日本酒は、果実味が強く、まろやかで優しい甘みが感じられる。文・小川佳世子 写真・ナカムラゴウDaniel Ford, Chief BrewerText by Kayoko OGAWA Photographs by Go NAKAMURA蔵元杜氏ダニエル・フォードBlue Current Brewery米国東海岸発、日本酒の新潮流Kittery, Maine

元のページ  ../index.html#28

このブックを見る