SIGNATURE 2018 7月号
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 人口約3600人、フランス中部サンテティエンヌ近郊の小さな町ペリュサンは、コンドリューやコート・ロティなど銘醸ワインを産出するヴァレ・デュ・ローヌ北部のぶどう畑に囲まれている。ここに昨年、日本人の杜氏と蔵人を抱え、100%日本酒のみを醸造するフランス初の酒蔵『昇涙酒造』(Les larmes du levant)が誕生した。 蔵元の名前はグレゴワール(グレッグ)・ブッフ。2013年、東京で初めて日本酒を飲んだグレッグさんは驚いた。「飲むほどに心地よい酔いが続いて、浴びるほど飲んだ翌日も身体が楽!」。いつしか自国フランスで日本酒を醸したいという夢に駆り立てられる。日本酒造組合から協会酵母の使用許可を海外で初めて正式に取りつけ、精米した酒米をトン単位で日本から取り寄せた。蔵で使用する水は中央高地の花崗岩によってほどよく濾過され、仕込み水にふさわしい硬度に整っていた。 しかし日本とは文化も気候もまったく違うフランスで、目指す味の日本酒を醸すことができるのか。「不安はありませんでした。発酵は世界中で行われていますから」。杜氏を務める若山健一郎さんは、初めての造りを振り返る。「発酵と腐敗は実は同じ現象で、自分たちにとって有益かそうじゃないか、人が分けているだけなのです。悪いものは長い歴史の中で淘汰されてなくなり、国によって形は違っても発酵は人に寄り添っています」。フランスにはチーズやワインという発酵文化がある。蔵人として20年の経験を経てフランスで初めて杜氏となった若山さんは、発酵の力を信じていた。 フランス人蔵元と日本人杜氏が目指したのは、何よりも飲んで気持ちのよい酒。そしてワインにはない、食中酒としてのポテンシャルだった。「ひとつの酒でも冷酒から燗酒まで、5つの異なる温度帯で飲めば味わい自然、人、酒、発酵の力を信じて34文・勅使河原加奈子 写真・ルドヴィック・マイサン右写真:ボトリングする蔵元・グレッグの弟ルイ。蔵はわずか4人のチームで稼働させている。平盃の昇涙のロゴは、フランスのシンボル(フランス国王のエンブレム)である百合の花を、日本風の家紋で表したもの。仏日お互いの国へオマージュを捧げている。Text by Kanako TESHIGAWARA Photographs by Ludovic MaisantLes larmes du levantローヌで醸す“昇涙”の雫Pélussin, France

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