月十六日に日本に帰国した。 この選手たちが日本のプロ野球の草創期を築いたのである。プロ野球のチームが続々と誕生し、沢村も大活躍するが、やがて太平洋戦争によって、選手の大半は戦地に赴くことになる。沢村は三度、戦地へ行き、最後はフィリピンにむかう船団の中で潜水艦の攻撃を受け、帰らぬ人となる。 戦地で沢村を知る兵隊が彼と話をしていて、日本に戻ったら何をしたいかと聞くと、恥ずかしがり屋で無口な若者は静かに言った。 「やはりマウンドに立ちたいな……」 私はシアトルの銭湯を見学した時、チームで一番若かった名投手が、ほんのひとときでも湯船に疲れた肩を入れ、嬉しそうに目を閉じていた顔を想像した。 彼等のチャレンジ精神があったからこそ、今夜も満員のスタンドでプロ野球ファンが元気をもらっているのだと、あらためて思った。旅先でこころに残った 言葉一一六回シアトルShizuka IjuinSeattle91936年、第2次アメリカ遠征時の部屋割り。チーム名に「Tokyo Giants」の文字が見える。一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』など。エッセイに美術紀行『美の旅人』シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』(小学館)などがある。新刊に『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』(上下巻・集英社)、『文字に美はありや』(文藝春秋)。新刊に、累計百七十万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズから珠玉のエッセイを抜粋した『いろいろあった人へ』(講談社)、『日傘を差す女』(文藝春秋)がある。伊集院 静
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