のではないかと思った。 人間の創造力、創作物は不思議な力を持っている。場所も時代もとてつもなく離れているのに、私たち受け手のこころを揺さぶるような出来事が起こる。もし私が若くしてクラクフを訪れていれば同じ光景を見ても、特別な感慨はなかったろうし、その遭遇にさえ気付かなかったろう。 人間は希望、愛のように感じられるものを持たないと生きて行けない生きものである。希望、愛にはさまざまなかたちがあるが、月の光が人間に何かを与えることもあるはずである。この句の発句の意図はわからないが、彷徨を続け、晩年ようやく創作の人となれた蕪村の句には人々に平等にいつくしみを与える自然の素晴らしさを感じてしまう。 そのちいさな貼り紙は、今も仙台の仕事場の壁にある。ポーランド・クラクフ旧市街のフロリアンスカ門のアーチ (写真:アフロ)一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』など。エッセイに美術紀行『美の旅人』シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』(小学館)などがある。新刊に『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』(上下巻・集英社)、『文字に美はありや』(文藝春秋)。新刊に、累計百七十万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズから珠玉のエッセイを抜粋した『いろいろあった人へ』(講談社)、『日傘を差す女』(文藝春秋)がある。Shizuka Ijuin9伊集院 静
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