たちのバレエは〝心理バレエ〞と称されることがあります。いわゆる〝バレエ〞は身体や動きの美しさを見せるものと言われますが、私は人間の心理を深く掘り下げ、身体の動きで心の内面世界を表現したいのです」と語るボリス・エイフマン。 彼のバレエは、まず大柄なダンサーが繰り出す、身体の限界に挑むかのようなスピーディで躍動感あふれるパワフルな動きに圧倒される。長い手足を駆使して舞台の床から天井の隅々に至る空間のすべてを駆使するかのように踊るダンサーの動きは、同時に繊細で、時には欲を剥き出しにして赤裸々に迫ってくる。観る者はいつしかダンサーが繰り出すエネルギーのうねりに巻き込まれ、舞台の感情世界とシンクロしていくのだ……。 エイフマンがバレエ団を設立したのは旧・ソ連時代の1977年。その前衛的で斬新な表現による作品は当時本国では革新的過ぎたが、欧米では大いに注目を浴びる。中でも大作曲家の生涯を描いた《チャイコフスキー》、ロシア文学を題材とした《アンナ・カレーニナ》《カラマーゾフの兄弟》などは、その濃厚な心理描写と説得力ある解釈とともに、エイフマンらしさが凝縮している代表作だ。 来日時に上演予定の《ロダン》は、言わずと知れた世界的な彫刻家の創造への情熱をテーマとした作品で、バレエ団の歴史の中でも最高傑作の一つとされる作品。物語の軸となるのはオーギュスト・ロダンと彼の〝ミューズ〞であったカミーユ・クローデルとの愛憎である。 エイフマンはこの作品の中で独自のアクロバティックな「動」とは対極の「静止」を用いることで、バレエの新たな表現を示した。ロダンが捏ね上げる「粘土の塊」たるダンサーの肉体から顔や腕、身体が生まれ、『カレーの市民』『地獄の門』などの彫刻作品がつくり上げられるさまにはただ、驚嘆する。 「ロダンは生涯、理想的な人体を追い求め、その内面の世界を表現しようとし、振付家である私も、人間の身体の可能性を追い求めてきました。人の身体の動きを通して内面世界を芸術で表現しようとするところに、私とロダンの共通点があるのです」とエイフマンは話す。 もうひとつの上演作品は、小説を題材としたエイフマン作品の中でも特に人気の高い《アンナ・カレーニナ》である。 トルストイの同名小説を原作としたもので、これをバレエ化するにあたりエイフマンは「いわゆる三角関係のありふれたストーリーですが、アンナという女性がなぜ、社会や神に逆らってまで、子供や家族を捨ててしまったのかという、その謎を解きたいと思いました」という。エイフマンは原作にあるアンナの「これは私ではない、別人だ」という台詞を受け、「〝情熱という病〞により、心の中に別の人格が生まれた二重人格性を表現しました。アンナは汽車に飛び込み自分自身を殺すことで、自分の中に棲みついてしまった邪悪な力に終止符を打ち、自身の魂を、そして周りの人々や夫、愛人をも解放したのです。だから私は、夫・カレーニンを悪者ではなく、アンナを見守る誠実な男として描いています」とも。 それゆえ、エイフマンはアンナが汽車に身を投じるラストシーンにもっともこだわった。大道具を使わず、黒衣のダン「私こ《ロダン》彫刻家ロダンと、弟子にして愛人のクローデルを巡る人間ドラマ。『接吻』や『地獄の門』などロダンの名作を思わせる斬新な身体表現は必見。© 2005‒2018 St. Petersburg Eifman Ballet14
元のページ ../index.html#10