SIGNATURE 2018 12月号
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母なる大河の夜明け 聖地の朝はとびきり早い。まだ夜も明けきらぬ中、眠い目をこすりながら街へ足を踏み入れると、すぐに激しい人波に巻き込まれて目が覚めた。こんなに早朝だというのに、容赦なく客引きから声が掛かる。 「ボートに乗らないか?」 「チャイを飲んでいってよ」 喜捨を求め、無造作に手を差し出してくるサドゥー(ヒンドゥー教の行者)もいる。人だけでなく、ところどころ牛が通せんぼをしていたりもする。それらを切り抜けさらに先へと歩を進めると、やがて視界がパッと開け、雄大な河の流れが望めた。 ガンジス河――ヒマラヤに源流を持ち、インド北部を経てベンガル湾へ注ぎ込む大河。全長約2500キロにも達するこの河のほとりに聖地バラナシは位置している。 岸辺に設けられた石段を下っていくと、聖なる河の水面に至る。「ガート」と呼ばれる階段状の沐浴場である。大小さまざまなガートが並んでおり、その数なんと80を超える。しばしその場に佇立していると、空がじわりじわりと明るくなってきた。やがて河の対岸から朝陽が姿を現すと、それが合図でもあるかのように、人々が一斉に河へとその身を浸し始めたのだった。 ガートでの沐浴シーンをじっくり見学するのならボートがいい。河に漕ぎ出すと、まるで映像番組を視聴するかのように傍観できる。一心不乱に祈りを捧げる人々。カースト社会のインドでも、ここでは現世での差別とは無縁でいられるのだという。 彼らがすくい上げる水しぶきが、朝陽に河沿いのガートが最も賑わうのが早朝だ。ボートに乗って水上からバラナシを眺めると、街が階段状の地形になっていることがわかる。陽の出の瞬間を静かに見守る。朝陽に彩られたガンジス河の美しさは筆舌に尽くしがたい。河の対岸は不浄の地とされ、何もないまっさらな空間が広がる。

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