SIGNATURE 2019 1&2月号
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 北の地に住むようになり、年明けの雪景色を見る機会が増えた。 庭に雪が降り積む様子を眺めていると、時折、京都での正月の風景や、店灯りが舞い散る雪に彩色を与える情緒のある古都の冬を思い出すことがある。 私が京都を初めて訪れたのは、四十数年前のやはり冬であった。二十歳代のなかばで、京都の何たるかも知らなかった。 当時、六本木に京都から東京に嫁いで来た女性が、母上の営む小料理店を若女将として手伝っていた。写真家のご主人の知己を得ていたので、一人で立ち寄り京料理を酒と親しんだ。 京料理もそうだが、京都の言葉をこの店で覚えた気がする。、、、、、、、な。おおきに、ありがとさんどす」 数日前に顔を出したのに、長いことどした、と口にする。 お茶を〝おぶ〞と言い、頑張って下さいを〝お気張りやして〞と応援のように言う。大変なことがあったなどと言おうものなら、〝そらえらいことどしたな〜〞と親身に気に掛けてくれているように相槌を打ってくる。ではこれがこころから心配しているかというと、そうでもない。そこが京都の言葉の面白いところである。 言葉だけではない。花ひとつ活けるにしても、花器の選び方から、花材の扱いまでが東京とはずいぶん違っていた。茶道の影響であろうが、これみよがしの活け方をしない。どちらが良いとは言えぬが、センスに違いがある。 それは女性の着物を見るとはっきりする。 店には、時折、現役の芸妓で、舞いの優美さで、京都でも一、二の美しい母上が舞いの指導で上京された時、顔を出された。 或る時、その女将から、 と訊かれた。一人酒が多かったので気に掛けて声をかけてくれたのだろう。して上京です」れやす」 女将の京都の住いが、宿を営んでいるのは聞いていたが、たしか客は一組しかとらぬと耳にしていたので、それは敷居が高過ぎると思って、笑って首を文・伊集院静、 7寅さんを観て正月の雨となり 「伊集院さん、ようおいでやして。長いことどした 「ほな途中、京都にお寄りやして、ゆっくりしとく 「正月は山口県の生家へ挨拶に行きます。数日滞在 「伊集院さん、お正月はどないしてはるのどすか?」Text by Shizuka IJUIN

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