が天使、私のすべて……」。 ベートーヴェンの死後発見された小さな便箋10枚に鉛筆で書かれた恋文は、激しい愛の呼びかけではじまる。「わが不滅の恋人よ」という謎めいた宛名ゆえ、「誰に宛てた恋文だったのか?」ということが研究者の間で討議され、数人の相手が候補に挙がったが、現在ではハンガリー貴族ブルンスヴィック家の三人姉妹の次女ヨゼフィーネこそ「不滅の恋人」だと有力視されている。20世紀になって発見された、彼女に宛てた13通の恋文も公開されている。 ベートーヴェンがブルンスヴィック家の長女テレーゼとヨゼフィーネに出会ったのはウィーンの社交界。ベートーヴェンは姉妹のピアノ教師になり、急速に親しくなっていく。テレーゼはベートーヴェンの絶対的な信奉者になっていったが、妹のヨゼフィーネは母親の勧めるままに二わ 度の不幸な結婚をしてしまった。そんな彼女にベートーヴェンが愛を込めた深い同情の念をもち、熱烈な思いを抱き続けても不思議ではない。 当時、平民と結婚した貴族の女性は、地位と権利を放棄せねばならなかった。ヨゼフィーネには5人の子供がいたから、親権も放棄せねばならない。悲惨な境遇のまま彼女は世を去る。二人の愛情については、姉テレーゼが残したメモ書きが物語っている。「未亡人になったヨゼフィーネはどうしてベートーヴェンを婿にしなかったのか? 彼らはお互いのために生きてきた。(自分たちの)母の愛が、ヨゼフィーネにとって自らの幸福を断念することを決めてしまった」。母親も晩年、「すべてが私の間違いだった」と認めている。 幾多の恋を経験したベートーヴェンの不滅の恋人は、今なお憶測の中にある。ベートーヴェン・ハウスに展示されているデスマスク。石膏型は1827年3月26日、ウィーンの最期の住居でベートーヴェンの死後ほどなくして取られた。作者はヨーゼフ・ダンハウザー。39上:ジュリエッタ・グイチャルディ(1782~1856年)の胸像。オーストリアの伯爵令嬢で「月光ソナタ」は19歳だった彼女に捧げられている。「不滅の恋人」のひとりとされる。下左から:ベートーヴェンの遺髪、補聴器(耳ラッパ)、葬儀の模様を描いた絵画。いずれもベートーヴェン・ハウス蔵。Immortal Beloved実らなかったベートーヴェンの恋不滅の恋人
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