SIGNATURE 2019 1&2月号
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写真・伊藤信 文・新家康規(アリカ) 洛北、紫野。平安時代、皇族・貴族の遊猟地とされた地に立つ今宮神社。参道の両脇には2軒の茶店があり、香ばしい匂いが漂ってくる。軒下を覗けば、扇形に広げられた竹串の先に、親指大の小さな餅が赤い炭火の上でぷっくりと膨らんでいる。「ジュジュッ」という音は、餅にまぶされたきな粉が焼けた合図。ほどよく焼き目がついたら出来上がりで、砂糖のみを加えて調合した秘伝の白味噌を絡ませて、参拝客に熱々の餅が供される。京都人に長く親しまれてきた名物の「あぶり餅」だ。小ぶりの餅をひと口含めば、きな粉の香ばしさと白味噌のほのかな甘みが広がり、ほっと和む心持ちに。 平安時代、都の疫病や災厄を鎮めるために一条天皇によって創建された社にあやかり、この餅には災難除けの御利益があると信じられている。ルーツは、神社に供えられた餅のおさがり。多くの人に行き渡るようにと餅は小さくちぎられ、斎竹を割って作った竹串に刺し、振る舞われたという。 「あぶり餅」を提供する二軒茶屋の1つ、参道北側の『一文字屋和輔』は1000年(長保2年)の創業。現存する最古の飲食店と言われている。床几が並ぶ店内の中央では、数名の女性が餅を手際よくちぎって丸め、きな粉をまぶしている。竹串に刺した餅は速やかに炭火の前に運ばれ、注文を受けてあぶりが始まる。 「軒先で餅を焼いてお運びするスタイルは、少なくとも記録が残る江戸時代から変わっていません」と語るのは、25代目女将・長谷川奈生さん。 この店は代々女将を中心に、女性だけで切り盛りされてきた。「うちは昔から男は外で働いて、女が店を守ってきました。生計はきちんとよそで立てる、ここはあくまでもお参りされた方へのご奉仕という気持ちです」。店の初代は神社創建時に宮司に従ってこの地に着き、神社から土地を与えられ茶店を開いた氏子だという。「もともと神社の祭礼日と毎月1日・15日のお千度参りの時だけ店を開け、うちの家族を含めた氏子がお参りされた方にお茶とお菓子でご接待していたんです。その名残で、今もお店で働いているのは地元の人が多いんですよ」。 店内には創業当時に掘られた井戸があり、今も現役で使われている。この井戸から汲んだ水を開店前に神様へお供えし、その後やかん1杯分の水が沸かされ、客に茶として供される。 餅が奏でるささやかな音色に耳を傾け、千年以上にわたり旅人の舌を愉しませてきた味わいをじっくり噛みしめたい。第2 回むらさきのいみだけいちもんじやわすけやしろなおみ古都の音色千年受け継がれる門前菓子一文字屋和輔の「あぶり餅」 45Photograph by Makoto ITO Text by Yasunori NIIYA(Arika Inc.)一文字屋和輔京都府京都市北区紫野今宮町69TEL:075-492-6852 営業時間:10:00~17:00定休日:水曜(1日・15日・祝日が水曜の場合は翌日休)、12月16日~31日Sounds of Kyoto

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