ヨーロッパの絵画を学ぼうとすると、宗教画と古代の神話を学ばざるを得ない。 ヨーロッパの近代以前の絵画を鑑賞すると、その大半が宗教・神話を題材にした作品だからである。 ところが日本人は、この宗教画・神話を題材にした絵画を、どう鑑賞してよいのかわからない人が多い。 そういう人たちに、私はバルセロナのカタルーニャ美術館にある、或る壁画をすすめる。 この美術館は、バルセロナを中心とするカタルーニャの人々の寄附で建てられた美術館で、市民が自分たちの祖先が残した芸術を保存しようとして建設したものだ。その展示物の中でも素晴らしいのは、ピレネー山脈に残っていたすでに朽ちかけたロマネスク時代の教会の壁をまるごと移転、保存させてある作品だ。 「全能者イエズス・キリスト」(タウル・サン・クリメン教会の壁画)と呼ばれるものだ。このキリストの表情、姿がまことに素朴で、宗教画がなぜ誕生したかがわかる気がして来る。他にも木偶のちいさなキリスト像なども鑑賞していて、気持ちが洗われる。 ヨーロッパの田舎を車で旅をしていて、田園の道を走り続け、やがてフロントガラスに街の建物が見えはじめると、最初に目に入るのは、教会の塔、鐘楼である。それほど教会は人々の暮らしと密接につながっている。 「ヨーロッパを旅された中で一番良かった教会はどこでしたか?」 こんな質問を受けることがある。かがりび 良い、という基準が何かは別として、印象に残った教会もしくは好きな教会というのはいくつかある。 バルセロナの海を指さすコロンブス像がある旧市街地にあるサンタ・マリア・ダル・マル教会である。地中海にほど近い場所に建っている。それもそのはず、この教会の塔は、昔、地中海を航行する船にとって灯台の役割を果していた。実際、鐘楼のそばに篝火を焚いていたこともあるという。 船の、船乗りたちの守り神である。私がそのことを知ったのは、教会に足を踏み入れ、そこかしこに飾ってあった船のレプリカを見たことからだった。 これと同じようなものを少年時代に生家の近くにある水天宮の御堂の中で見たことがあった。 「どうしてこんなにいろんな船の模型(レプリカ)があるんですか?」文・伊集院静あれが海の守り神様じゃ 5バルセロナ港の航海のシンボル、コロンブス記念塔。写真:Age Fotostock/アフロText by Shizuka IJUIN
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