SIGNATURE 2019 3月号
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 八甲田山麓の酸ヶ湯は、青森県の内陸、中央部。さらさらとした雪質を求めて、国内外から観光スキーヤーが訪れる世界有数の豪雪地帯としても知られ、2013年(平成25年)の2月下旬には、気象観測機アメダスが、国内史上最高の積雪5メートル66センチを計測した。 そんな場所に辿り着けるのか、道路は軒並み通行止めなのではないかとの思い込みは、すぐに払拭された。幹線道路は行政の指導のもと、除雪車によって整備され、青森ナンバーの自家用車は手慣れたハンドルさばきで走り行く。視界に広がるのは白、また白の雪景色ながら、これが毎冬の酸ヶ湯界隈の日常であるから、地元の人たちは「何も驚がね」と泰然としている。 スノーシューウォークの出発点となるのは、酸ヶ湯の歴史ある温泉宿。玄関先で待ち受けていたインストラクターの手ほどきで、軽量の「西洋かんじき」は速やかに装着された。ストック2本を携え、いざ、出発。「酸ヶ湯の雪の中を歩いて、楽しんでください。心配ご無用。すぐに慣れますから」。インストラクターは常に穏やかな口調で話しかけてくれる。 一列になって、整地された道路から、分厚い雪の原へと進んでいく。雪質が軽いから、足を前へ前へとスライドさせるだけで楽に歩ける。これが重い雪質の場合は、一回一回、足を雪から引き抜くように高く上げなければならないが、その必要はまったくない。全身、防寒防風のウェアで身を固めていることと、未知なる体験への高揚から、寒さも感じない。むしろ歩くほどに少しずつ身体の芯から熱が発せられてくることがわかる。厚い厚い雪の羽根布団に覆われたような小屋のそばまで行く。硫黄の香りを発する池の近くを通る。ベッドに見立てて、背中から雪に倒れてみる。立ち上がると、くっきりと人型の窪みが現れ、同行の仲間たちのはしゃいだ声が音のない白い景色に広がっていく。 1時間ほどの雪中行。最初は恐る恐るであったにもかかわらず、終いには「もう少し歩きたい」とさえ思う。さあ、この後は、もうひとつの楽しみ、酸ヶ湯温泉に浸かろう。昭和の中頃に、四万温泉、日光湯元温泉と共に「国民保養温泉地第1号」に指定された名湯。実感。酸ヶ湯は豪雪にして、温かい。しままし酸ヶ湯温泉の名物は「ヒバ千人風呂」。柱が一本もない総ヒバ材の造り。今時珍しく混浴だが、女性専用の時間も設けられている。また、館内には男女別の「玉の湯」もある。風呂上がりには、青森名物の生姜味噌おでんや蕎麦で、地酒を一献。豪雪の酸ヶ湯歩く、はしゃぐそして温まる51

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