噴人火したばかりの溶岩ドームのような漆黒の塊。炭の皿と同化するように盛られた、その炭とも鉱物ともつかぬ外殻にひとたびナイフを切り込めば、マグマのごとく迸る、瑞々しい肉の有機体が現れる。中身は低温でじっくり焼かれた、最高級の飛騨牛であった。溶岩のように表面を覆っていた粗肌の正体は、備長炭によってていねいに炭化させた長ネギの炭をパウダー状にしたもの。 真紅と漆黒。生と死。美食を巡るアレゴリー(寓意)とも解釈できるこの料理は、成澤由浩が2003年に発表してレストラン業界を驚かせた、炭の料理である。見た目のインパクトもさることながら、ジューシーな和牛の旨みを引きたてる、ネギの炭の芳しさにも五感が躍る。野菜に〝炭化〞という料理法を持ち込み、美食料理に昇華させたことは、世界のトップシェフたちにとっても目から鱗だった。 成澤はこのほかに、本物の土壌を使った「土のスープ」や、杉と楢の木からエキスだけを移し取った液体「森のエッセンス」、砂糖を使わず米麹ともち米を発酵させた、繊細な甘みのデザート「椿と麹」など、代表作を次々と生み出し、レストラン業界に革新をもたらしてきた。 昨年末、食を芸術の域まで高めたその功績が認められ、国際ガストロノミー学会からグランプリを授与された。過去の受賞者は、ジョエル・ロブションやアラン・デュカス、フレディ・ジラルデなど、現代の料理史に残る人物ばかり。気がつほとばしこうばけば、かつて成澤自身が師事した偉大なシェフたちと、肩を並べることになった。 成澤由浩は1969年愛知県生まれ。シェフを目指し19歳で欧州に渡り、くだんのジラルデやロブションなどの下で8年あまりの修業を積み、帰国後はオーナーシェフとして小田原でレストランを開業する。2003年に、今の東京・青山の場所に移転し、2011年には店名を『NARISAWA』に変えた。平成が終わる今春、50歳の誕生日を迎える成澤にとって、今回の受賞は大きな励みになったと思うが、授与式で彼が語ったのは、「NARISAWAの料理を支え続ける、日本各地の生産者たちに捧げたい」という深い感謝だった――――。no.成澤由浩12SignatureInterview91Yoshihiro NARISAWAなりさわ よしひろ|1969年愛知県生まれ。19歳で渡欧し、8年間にわたり著名なシェフたちの下で研鑽を積む。帰国と同時に、オーナーシェフとして神奈川県小田原市に『La Napoule(ラ ナプール)』をオープン。2003年には、東京・青山に『Les Créations de NARISAWA(レ クレアシヨン ド ナリサワ)』を開店させ、2011年に『NARISAWA』と改名。食とは人の身体と共に精神にも有益であるべきという「Beneficial Gastrono-my」をテーマに唱えている。私は料理だけを作ろうと思っていない。“本物の食材だけが健全な体を作り、その美味しさが精神を豊かにする”それを生み出す環境を創りたいだけ
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