よそひせ厳った白いヘルメットをかぶり、内側に綿の詰まった長靴を履いて、園内を歩いて巡回していた。「20代の頃には、この出で立ちで木にも登っていた」という。ベルトに通されたホルダーには、剪定バサミなど愛用の道具。「この冬は雪が割に少なくてありがたい」と口にはなさるが、朝の園内の道は昨晩降った雪が白く続いている。 『チーム桜守』は2014年の春に結成された組織。「弘前公園の桜は日本一との評判もあるが、何をもってそう評価していただけるのか、客観的な判断材料を有するべきだろう」と、歴代の管理者たちは、責務に対する〝存在証明〞を自問自答した。「弘前公園の桜は、日本一の管理を目指す」。それが導き出された結論だった。 このチームが結成される遥か以前、昭和30年代から園内の桜の管理業務は着手されていた。桜の管理技術の体系化を進めてきた弘前市は、それをさらに確かなものにしようと、5年前、「樹木医の有資格」を条件に、全国を対象にスタッフを公募した。それを経て、橋場真紀子さんがその任に就いた。現在は3名の樹木医を軸とし、現場では50名近いスタッフが作業にあたっている。 弘前公園の桜は「剪定」「薬剤散布」「施肥」の3分野で、他所に先駆けた「弘前方式」と称される管理技術が採用されて寒の1月。橋場さんは濃紺の作業着に身を固め、弘前市の市章が入いる。 剪定は、冬季の重要な仕事。2月中旬から3月いっぱいをこの作業に充てる。剪定イコール「枝を切る」わけであるから、作業には「判断と決断」が不可欠。その昔は「桜の枝を切ることはタブー」とされていた。切り口から菌が入り込み、そこから腐り始める、というのが常識だったからだ。 実はここに「弘前方式」の真骨頂がある。昭和30年代、ある公園職員が桜の太い枝を切り落としてしまった。ああ、これでもうこの桜は腐ってしまう、と落胆していたスタッフ一同に、当の桜は思いがけない反応を見せた。切った部分から、しばらくすると新しい枝が生え、みごとな花を咲かすに至ったのだった。 当時の公園職員には「リンゴ農家」の出身者がいた。青森県の産物の代名詞でもあるリンゴ(の木)は、不必要と思われる枝を剪定する(切る)のは当然のこととされていた。この「災い転じて福となす」出来事をきっかけに、リンゴ栽培に従事する農家の方々にも教えを請い、「桜にも剪定を施すことはけっして誤りではない」という新発見がもたらされた。 薬剤散布は原則的に年3回。3月、6月、8月に病害虫対策として行われている。 続いて、施肥。桜は7月から10月にかけて、葉の付け根に翌年の花の芽をつくり始める。この機に先んじた6月に、有機入り化成肥料を桜の木に施す。 幹の周りに約1メートル間隔で穴を掘る。直径20センチほど、深さは10センチ強。1本の桜に対して30か所程度の穴が取り囲む形だ。園内すべての桜に対し、この作業に約3週間かける。 橋場さんは言った。 「桜、とりわけソメイヨシノという種類は、自然のままに任せておくと50年ほどで樹勢が弱くなっていきます。そうなると枯れ枝が多くなり、その枝が落ちたりして、園内を散策する方々がケガをなさる危険性もある。そうならないように観察と手入れを行っています。現在、園内には樹齢100年を超えるソメイヨシノが約400本あり、今でも豊かな花を咲かせます。これは『弘前方式』のなせる業として誇れるものです。樹木医として、『チーム桜守』として、樹齢100年超えのソメイヨシノにふさわしい未知の作業領域があるのではないかと試行錯誤しています。全力を尽くして、『ふるさとの桜を守る』こと。桜は春の限られた時季にしか咲きませんが、それに関わる面々は夏も秋も冬も、桜のケアをしています。私も、チームのスタッフも、満開の桜を咲かせることが大好きなんです」橋場真紀子12弘前公園の桜は日本一だと言われるのは、正直うれしく、ありがたいです。放置していたら、そうはなりませんから
元のページ ../index.html#10