まずは今月は巻頭の写真を見ていただこう。 何やら威厳を持つトロフィーに数人の手が重なり合っている。 このトロフィーの名前は〝ライダーカップ〞と称する。 二年に一度、ヨーロッパとアメリカ本土のゴルフコースを戦いの場として開催される〝ライダーカップ〞の勝者たちに贈られるトロフィーである。 ヨーロッパ代表とアメリカ代表が出場し、三日間激戦がくりひろげられて来た。去年、二〇一八年で四十二回を迎える伝統の大会である。 ライダーとは英国の富豪、サムエル・ライダーの名前を取ったもので、一九二七年、彼がひとつの提案をした。 「これだけゴルフというスポーツが広まり、今やアメリカ本土では、ゴルフを自分たちのお家芸のように言っているが、そもそもゴルフは我が英国すなわちヨーロッパこそが本場である。ヨーロッパとアメリカのどちらのゴルフが強いか、戦ってみようではないか」 そうしてヨーロッパとアメリカのそれぞれのゴルフコースを選んで、二年に一度、代表選手が選出され、戦いをくりひろげて来た。 その話を今月は少しするので、ゴルフに興味のない方はいささか退屈なさるだろう。 私もゴルフは、自分の身体を動かす唯一の趣味として月に何度かコースへ出ているが、ゴルフをしない人には、このスポーツの面白さはまず理解できないだろう。正直、私もゴルフをしないでいた時は、あれがスポーツと言われてもな、とあまり好まなかった。その上、日本のゴルフは他の国と違って、週末などは丸一日を費やさなくてはならず、丁度ゴルフ熱が日本で盛り上っていた時期で、早朝から車にバッグを積んで出かけ、家路にむかう頃にはとうに陽は沈み、クタクタになってしまった。コースもひどく混雑しており、運動などにはならなかった。 その私がゴルフに惹かれるようになったのは、本場スコットランドにある〝リンクスコース〞と呼ばれる、海岸にしかない不毛の土地で彼等がゴルフというスポーツを発見し、工夫し、改良して今日のゴルフが誕生したコースでプレーしてからである。 だから今でも、よほどの物好きか、時間があり余っている人にしかゴルフはすすめない。 二〇一八年のライダーカップは、ヨーロッパ勢が勝利した。わざわざ観戦に行ったのですか、と訊かれれば、行っていないし、そもそもこの大会に興味がない。ヨーロッパのゴルファーとアメリカのゴルファーが戦うのを見て面白いと思うアジア人はそう数はいないはずだと私は思っている。 今回、興味を持ったのは、この大会が開催されたゴルフコースがフランスにあったことである。 四十二回の歴史でフランスでのライダーカップの開催は初めてである。 なぜか? それはフランスに世界の一流プロゴルファーが戦うべきゴルフコースがなかったからである。 読者はもうお忘れだろうが、この連載のはじまったばかりの十数年前、フランス領、コルシカを旅した話を書いたことがある。コルシカはあのナポレオンが生誕した場所である。ポルティッシオの街を紹介し、宿泊した『ホテル・ド・マキ』という第二次大戦の折、レジスタンス運動にちなんだ名前をつけたホテルのマダムの話を書いた。 その話の旅で、ポルティッシオの近くにゴルフコースを見つけ、ゴルフ好きのデザイナーの長友啓典氏と雨の中を見学に行き、ほとんどのゴルファーが長靴を履いてプレーしていたのに驚いた。一緒に連れて回っていた二匹の犬がビショビショのフェアウェーを走り回っていた。 二人とも口をあんぐりとさせてその光景を見ていた。 「伊集院、たまげたな。こんなゴルフもあんのんやな」 「ほんとうですね。ゴルフと言うより泥遊びですね」 なぜ、そんなことが平然と起こっていたか。それは当時のフランス人がゴルフにまったく興味を持ってお5 文・それにしてもフランス人がゴルフをするとは伊集院静Text by Shizuka IJUIN2018年9月30日、ライダーカップ2018で欧州選抜が掲げたトロフィー。Photo by David Silpa/UPI/アフロ
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