SIGNATURE 2019 6月号
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うおじ親密な桶との対話。作家も虜にした『魚治』の鮒寿し「鮒寿しをつくる上で一番大切なことは、人間の時間軸で考えないことです」 1784年(天明4年)から鮒寿しをつくる、『魚治』の7代目左嵜謙祐さんは、そう言われた。鮒寿しは、日本最古の寿司である。高級珍味として尊ばれているが、多くの人は、「臭い」と思われているのではないだろうか。しかし、『魚治』の鮒寿しは、臭いどころか、芳しいのである。 特別に蔵に入れていただいて驚いたのさせてくれた。「ああ」。菌が生きている。揮発性で清々しい、果物のような香りが鼻に抜ける。 「匂いがしないこと。純粋な乳酸発酵には、これが一番大事なのです」 2月から5月、卵を抱いたニゴロ鮒の内臓を抜き、「塩切り(塩漬け)」する。夏の土用の頃に洗って塩抜きをし、鮒、ご飯、鮒、ご飯と交互に漬け込み、ふたをして重石を載せる。さらに雑菌が入らぬよう水を張り、真空密封状態にして、乳酸菌発酵をさせていく。 この「本漬」を2年間寝かせる。その間、日々菌の状態を感じながら、水を取り替え、雑菌が入らぬように管理する。この作業を『魚治』では、「守り」と呼ぶ。 「菌が心地よく仕事ができるように守るのが、僕の仕事です」。蔵の温度や湿度、朝の風向きを見て、空気の流れを調整する。桶に張った水を毎日替えながら、水の表情を見て、菌が心地よく活動するよささきけんすけこうば48上:飯と交互に漬けられる本漬。右下:最初の工程の塩きり(塩漬け)。中下:江戸時代から使われる重石。左下:嫌気性の乳酸菌のために、最後に飯で蓋をし、さらに蓋と重石を載せて水を張る。蓋を開けた瞬間、華やかな香りが。もはは、、匂桶いをが一しつな開いけ、こい飯といをですあくる。っ左て嵜、味さん見江戸時代からの石組みが残る湖北にある海津の湖岸。かつて加賀藩管轄の飛び地で、政治・経済・軍事上の要港として繁栄した。

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