SIGNATURE 2019 7月号
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CSignature第2回19もとむら ゆきこ|毎日新聞東京本社科学環境部編集委員。文系脳でも楽しめる科学エッセーで知られる。日本の科学技術の現状を掘り下げた『理系白書』で2006年、第1回科学ジャーナリスト大賞受賞。著書に『気になる科学』『科学のミカタ』(共に毎日新聞出版)など。文・元村有希子 イラスト・羅久井ハナ 謎に満ちたブラックホールの姿が、ついにとらえられた。この分野に疎い友人には「ホールっていっても穴じゃなくて天体なのよ」と説明していたのだが、公表された画像はハニードーナツみたいで、しかも肝心のブラックホールはドーナツの「穴」にあたる黒い部分だという。「やっぱり黒い穴だった!」と小鼻をふくらませる友人に反論できない私。 そう。ブラックホールは宇宙にぽっかりと開いた落とし穴のようなものだと考えたほうがいい。そこには途方もない力持ちの“怪物”が潜んでいて、近くを通りかかったものをことごとく引きずり込んでしまう。光ですら、一度入ったら二度と出てこられない。もとより確かめに行けるほど近くはないし、近くに行けたとしても、戻ってくることはないだろう。知れば知るほど、謎めいた存在なのだ。 ただ、私にとっては穴の中の怪物と同じくらい、観測に挑み続けてきた物うと理学者たちに興味をそそられる。 ブラックホールの存在を予言したのは、天才アインシュタイン。予言が勘違いだったり大ぼらだったりする可能性もあるのに、後に続く物理学者たちは「ブラックホールは実在する」と信じて、なんと100年もの間、追いかけてきた。 その間にも「怪物」の存在をうかがわせる有力な観測結果が得られたりはした。犯人を追い詰める刑事が、そいつの足跡や遺留物や目撃証言を集めるように、証拠をコツコツと積み上げ、外堀を埋めていった。 しかしこれとて確たるものではない。「ブラックホールが存在しないと仮定すると、この現象は科学的に説明できない。だからブラックホールは存在する」。へ理屈にも聞こえるこんな議論を、営々と続けてきたのだ。 結論を待たずにこの世を去った人もいる。昨年3月、76歳で亡くなったホーキング博士もその一人だ。 博士は生前、ブラックホールが、ある特定の条件下では逆にエネルギーを放出し、やがて蒸発してしまう、という予測を立てた。ブラックホールがあるとしたうえで、その最期を占う大胆な仮説。しかも計算によれば、実際に起きるとしても100億年以上先だという。 その時、我々はもちろん生きていない。まして人類や地球があるかどうかもわからない。そんな遠い遠い未来の出来事を予測して、検証を後輩に委ねるなんて、そんじょそこらの凡人にできる芸当ではない。 物理学者の頭の中には、ブラックホールより大規模な宇宙が広がっているのではないか。彼らは、「目的地未定」、「期間未定」のミステリーツアーを楽しむ旅人なのだろう。olumnスベカラクカガクText by Yukiko MOTOMURAIllustration by Hana RAKUI1物理学者の脳内宇宙Science

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