1くぬCSignature19もとむら ゆきこ|毎日新聞論説委員。文系脳でも楽しめる科学エッセーで知られる。日本の科学技術の現状を掘り下げた『理系白書』で2006年、第1回科学ジャーナリスト大賞受賞。著書に『科学のミカタ』(毎日新聞出版)『カガク力を強くする!』(岩波ジュニア新書)など。文・元村有希子 イラスト・羅久井ハナ 知らず知らず眉間にしわが寄るような、都会での生活。深呼吸したくなる時、私は冒険物語を読むことにしている。 植村直己が犬ぞりに乗って独り北極圏を旅するルポや、南極点を目指す途中に遭難し、それでも全員が生還した「エンデュアランス号」の物語。いかだで南太平洋を8000キロほども漂流した「コンチキ号」の物語にもわくわくしたなあ。 そんなわくわく感を、この夏はリアルタイムで体験した。人類学者の海部陽介さんらが挑んだ「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」である。 私たちの祖先は3万年以上前、大陸から渡ってきたと考えられている。出土した人骨などから考えられるルートは、①サハリンから北海道へ、②朝鮮半島から対馬へ、③台湾から沖縄へ、の3つ。このうち海部さんたちは、3つめのルートを実際に渡ってみようと考えた。 台湾と沖縄の間には、幅100キロもの黒潮が流れている。潮の流れは人間の速歩きぐらいだが、手漕ぎの船で横切るのは大変だ。草舟は沈没し、竹舟は流さかいふれた。最後は丸木舟。手作りの石器で斧を作り、2本の腕だけで巨木を切り倒し、これまた手作りの道具で刳り貫いた。 ようやく完成した丸木舟に男性4人、女性1人の漕ぎ手が乗り組み、台湾の東海岸を出発したのは7月7日。もちろん、GPSも地図も、時計も持たない。昼は太陽、夜は星空を手がかりに方角を推測しながらの航海である。 果たして45時間後、舟は200キロあまりを旅して与那国島に着いた。全員が無事だった。 やってみて分かったことがある、と海部さんは言う。まず、この旅が実際にあったとすれば、それは漂流ではなく、意志をもって行われたこと。そして「これほど難しい作業を、私たちの祖先はなぜやったのか」ということ。つまり動機だ。 遺跡をいくら掘り返しても、その時代に生きた人々の胸の内までは分からない。だけど想像することはできる。獲物を求めて転々とする暮らしに飽きたのか、別の集団がやってきて追い出されたのか、それとも、たまたま山の頂上から、水平線の向こうにうっすらと見えた島影に好奇心をそそられたか……。 航海の様子を撮影した映像を見た。夏の日差しにあぶられながら不眠不休で漕ぎ続けた5人が、2日目の夜は疲労困憊、眠りこけてしまう。夜明け前、一人、また一人と起き出し、島影に向かって漕ぎ始める。 大自然の中ではちっぽけな存在、でも私たちのルーツは彼らに行き着くのかもしれない。そんなおおらかな気持ちにさせてくれる挑戦だった。olumnスベカラクカガクText by Yukiko MOTOMURAIllustration by Hana RAKUI第4回Science祖先たちの航海術
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