SIGNATURE 2019 10月号
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第9  回 謎銀座の書物の森に分け入る銀座界隈文・山口正介イラスト・駿高泰子 ジャン・リュック・ゴダール監督の映画『ウイークエンド』を東京・港区青山の草月会館で観たのは高校の3年生のときだっただろうか。 同級生にひどく早熟で天才的な友人がいて、彼が、この映画の冒頭で女主人公教えてくれた。 映画好きが、ゴダールの引用を訳知り顔で語るのは、今も昔も変わらない。僕はさっそく銀座に出て、今はなくなって久しいK書店に向かった。あの本屋にならばあるだろうと当たりをつけていたのなネクタイ姿の若い店員に書名を告げると、二階の奥に、まさにその書籍があるという。 店員の後について階段をあがり、その本だったら、あの棚にありますと教えられた。そこは今でいえばアダルトコーナーとでもいえる奥まった一角だった。 この時点でしまったと思ったのだが、当該書籍は『世界好色文学全集』(たぶん、こんな名前)の中の一冊だった。一瞬、躊躇したが、精いっぱい背伸びしていたころのことだ、僕は書架から本を取り出すと会計に、何食わぬ顔をして差し出したのだった。 この本を読んだかどうか、余り記憶にない。 K書店は3階が洋書売り場になっていて、これは敷居が高かったのだが、2002年に閉店が決まると在庫一掃の格安セールが行われた。あいもかわらず背伸びをしていた僕は、読めもしないのに、ここぞとばかり連日掘り出し物を求めて通うことになる。購入したのは、いきおい写真集や絵画の豪華本がほとんどであった。 蝶類の愛好家でもあった、小説家ウラジミール・ナボコフの〝蝶類研究〞といったような趣旨の分厚い本が格安で棚に並んでいた。図版もモノクロで、論文のような本文は、とても僕などには歯が立ちそうにない。しかし、手元に置いておくだけでもよかったかと、少しばかり、後悔している。  吉祥寺にあった行きつけの小料理屋の棚に『小唄うた澤端唄全集』(日本音曲全集・第四巻)が置いてあったので、行くたびに読んでいた。もしかしたら、歌舞伎座近くの歌舞伎演劇書が専門の古書店にあるのではと思い、出かけてみると、果たしてそのものずばりで在庫があった。 思えば、銀座の本屋さんにはずいぶんとお世話になった。今はMデパートの後に新しくできた超大型店舗の中に立派な書店があり、また古い歴史のある聖書関係に強い書店も変わらず営業を続けている。にぎやかな銀座にも知識の源泉ともいえる、地道で大きな魅力が存在しているのだった。46やまぐち しょうすけ 作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。配信中の『山口瞳 電子全集』(小学館)に解説「草臥山房通信」を執筆。https://pdmagazine.jp/yamaguchi-zensyu/ だ慇。いん懃ぎんそうな、白いワイシャツに、地味タがイしユゃのべ小っ説て『いが眼るんき球のゅう譚はたん』、かジョらのル引ジ用ュだ・バとText by Shosuke YAMAGUCHIIllustration by Yasuco SUDAKAMystery in Ginza

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