SIGNATURE 2019 11月号
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写真・溝縁ひろし文・白木麻紀子(アリカ) 黄昏どきの花街・祇園。立ち並ぶ紅殻格子のお茶屋に灯りが点り始める頃、「こぽっ、こぽっ……」という軽やかな音が石畳の小路に響く。音は、だらり帯に振り袖姿で、今宵のお座敷へと向かう舞妓たちの足元を彩る「おこぼ」から。東京などでは「ぽっくり」とも呼ばれる高下駄だ。「おこぼ」の名は一説にはその足音を表しているというが、実は江戸中期頃には子どもの履物だった。それがいつしか花街で、初々しい舞妓のかわいらしさを引き立てる小道具として用いられ、定着したという。 舞妓の象徴の一つといえるこの「おこぼ」を商う一軒が、祇園・花見小路通沿いに店を構える『ゝや』。1954年(昭和29年)の創業より下駄や草履の鼻緒を挿げる〝挿げ職人〞の工房兼小売店で、店頭には上品なデザインの草履や下駄が並ぶ。「昔からおこぼ作りは難しいと言われます。鼻緒を厚い台に通し、それを裏で巻き上げるところが腕の見せどころでしょうか」と語るのは、3代目主人の櫻井功一さん。職人が難しいと語る所以は、その高さにある。桐製の「おこぼ」の台は3寸5分〜4寸(約10・5〜12センチ)で、裏側の一部が深く長方形に刳り貫かれている。この穴に足音が反響し、独特の優しげな音が生まれる。 挿げ職人は〝くじり〞と呼ばれる先の尖った道具で台上の竹製の畳地から穴を開け、鼻緒の端を通し、さらに裏側の凹みの底で固く緒の紐を巻き上げる。台が高いほど、この工程が難しくなる。 こうして挿げられ、裏にこれを履く舞妓の名前が書かれた「おこぼ」は、お座敷へのデビューである「店出し」から芸妓になるまでの4年ほどの間、舞妓の足元を彩る。ひとくちに「おこぼ」といっても、その意匠は年季に応じて変化を見せる。舞妓になりたての頃は赤色の鼻緒で、裏側にタコ糸などで鈴が取り付けられ「チリン、こぽっ……」と鳴らしながら歩く。1年ほどが過ぎお座敷に慣れてくると、成長の証しとして鈴は外され、鼻緒の色を変える舞妓もいるという。 つい最近まで「おこぼ」を履いていたという芸妓が店を訪れた。「履いた時は、うれしおした。自分の名前が書かれた、真新しいおこぼを履かせてもろて」。意外にも慣れれば歩きやすく、走ることもできるのだと教えてくれた。 舞妓が道を駆ける際、「おこぼ」はいっそう華やかな音を立てるだろう。花街を訪れ、舞妓たちと行き交う時、足元から発せられる音色に耳を傾ける。そんな愉しみが古都にはある。第10 回ごうしともちょぼべんがらゆえん古都の音色夕闇の花街に響く音舞妓の「おこぼ」51すPhotograph by Hiroshi MIZOBUCHIText by Makiko SHIRAKI(Arika Inc.)ゝや住所:京都市東山区花見小路四条上ル富永町116電話:075-561-5584不定休http://gion-choboya.com/Sounds of Kyoto

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