Number 123

今月の一皿

写真・masaco 文・下谷友康 
Photographs by masaco(CROSSOVER) 
Text by Tomoyasu Shitaya

カリッ、フワッ、
羽田の穴子

たくさんのネタから4代目が選んだのは、穴子。
昔は目の前の大森海岸の魚屋から仕入れていたという、この店の顔だ。
100年継ぎ足した自慢のタレをタラリとかけて召し上がれ。

松乃鮨 外観

 競馬に詳しい友人に誘われて、初めて大井競馬場に行くことになった。勝利を勝手に予感し、ならば祝杯をと、くだんの友人に近所でうまい店を尋ねたところ、ほどよく近い大森海岸に明治43年から4代続く江戸前の寿司屋があるという。これはもう行かなくてはならないと、早速予約してもらったのが『松乃鮨』だ。

 東京有数の花街だった名残を伝えるかのように、今も2階の座敷に芸者が入る日があるという。入口の暖簾をくぐり、ていねいに手入れされた庭を抜けると、ガラス越しに一見気難しそうな3代目と4代目が並んで握っている。もちろん親子なのだが、ほどよい緊張感と信頼感がひしひしと伝わってくる。「初代は浜松町で屋台を、2代目が神楽坂で花柳界に仕出しを行った後、大森海岸に移ったんです」と、4代目の手塚良則さんが教えてくれた。

 常連さんが親しみをこめてヨシさんという4代目のイチオシは「羽田沖の穴子」。築地市場から厳選した穴子を生きたまま仕入れ、臭みや滑りが取れるまで根気よく揉み、なんと6リットルもの出汁で躍らせるように煮る。残った出汁は200ミリリットルぐらいにまで煮つめ、100年続く煮つめに足す。秘伝のタレを守り続けるためだ。

 煮終えた穴子の表面は、焦げ目がつくまでしっかりと焼くのが『松乃鮨』流。表面はパリッとしているのに、中身はとてもジューシーだ。タレは、食べる直前に客の目の前でトロリとかける。

涙を誘う裏メニュー

 常連さんと共作の裏メニュー「涙巻き」は、御殿場の山葵(わさび)とトロを1本ずつ使った巻き物で、山葵とトロの究極のマリアージュ。これでもかと山葵を塗るため心配になるが、山葵の中に“光が見つかる”という食べ方がある。これはぜひヨシさんに尋ねてほしい(この号が発刊されたら裏メニューではなくなってしまうのが寂しいが……)。

松乃鮨 わさび

松乃鮨 涙巻き

 ところで、4代目は家業に戻る前は、海外スキーのツアーガイドだった。そして、ソムリエの資格も持っている。そんなわけで『松乃鮨』には外国人の客も多く、ヨシさんは築地ツアーを実施したり、海外にまで出張したりする。陽気なヨシさんとスキーやワインの話をするのもよし、実は気さくで、話し好きな3代目と修業時代の京都や大森海岸の昔話に花を咲かせるのもよし。きっと大森海岸が大好きになるだろう。

松乃鮨 4代目手塚良則氏

4代目

手塚良則

Yoshinori TEZUKA

Information

松乃鮨

東京都品川区南大井3-31-14
営業時間 昼11:30~13:30(L.O.)
夜16:30~22:00(L.O.)
定休日 日曜・祝日

昼は握り、ちらしで5,400円~。夜はお任せで16,200円、21,600円、27,000円。いずれのコースにも自慢の穴子が入っている。

  • *すべて税込み。

今月のもう一皿

松乃鮨 ちらし寿司

ちらし寿司

 エビ、タコ、ホタテ、マグロに穴子にふっくら卵焼き。真ん中にはイカとイクラのかぐわしいバラの花。ヨシさんのちらし寿司は、キラキラと輝くジュエリーでぎっしりの宝石箱のようだ。ネタごとにしっかり、かつていねいに施された江戸前の仕事が、全体をより美しくしている。さあ、どこから箸を入れようか。

 お店でいただくことはもちろんできるが、ここはひとつ、『松乃鮨』の常連さんに倣ってテイクアウトにトライしたい。なんでも羽田空港に向かう途中に立ち寄って、このちらし寿司をピックアップ、空の旅のお供にする方がいるのだとか。こんな贅沢な“空弁”、滅多にお目にかかれるものではない。また、数をたくさん注文して「品川駅の新幹線ホームまで出前をお願いできますか?」という粋人もいるというから驚きだ。

 空の上からでも、車窓からでもいい。ヨシさんのちらし寿司があれば、旅はもちろん、出張だってうんと楽しくなるはずだ。ちらし寿司 5,400円、折代 400円(共に税込)。

※受取時間を希望する場合は要予約。

※内容は全て掲載時のものです。その後、変更されていることもありますので、あらかじめご了承ください。

*前回取材の「東京・六本木、鮒寿司に想を得た熟成肉の旨み」もあわせてご覧ください。

2017.09.20

この内容に興味がありましたか?