三嶋亭 本店
文明開化の面影とともに味わう伝統の牛鍋
文・岩朝奈々恵(アリカ)
写真・マツダナオキ
Text by Nanae Iwasa(Arika Inc.)
Photographs by Naoki Matsuda
明治の香り残す風格ある佇まい
かつて寺院街として栄えた寺町通。アーケードの下、賑わう繁華街の一角に『三嶋亭 本店』があります。1873年(明治6年)、横浜で牛鍋を学んだ初代・三嶋兼吉がこの地に創業して以来、百四十余年もの間、京都のすき焼き店の嚆矢として人々に愛され続けてきました。
店は、瓦屋根に犬矢来、格子窓といった京町家らしい造りを備えた風格ある佇まい。これまでに何度も建て替えの話が持ち上がったと言いますが、歴史ある店構えを後世に残そうと代々の店主が守り続けてきました。寺町通の商店街にアーケードが設置された際には、古きよき佇まいが隠れてしまうのではないかと常連客から心配の手紙が次々に届いたほど。“三嶋亭”の文字が刻まれた軒行燈は、今もこの界隈のランドマーク的存在です。
変化を絶やさない老舗の味
「中には3代にわたる常連さんもいらっしゃいます」と、5代目店主・三嶋太郎氏。そんな常連客の一人だった漆芸家・番浦省吾は1927年(昭和2年)の増築の際、三嶋亭のために欄間や小間箪笥などの調度品を特製しました。それらは今も店内を飾り、華を添えています。
変わらない佇まいの一方、料理は伝統を重んじながらも、素材をより生かす術を模索し続けてきました。たとえば割下は、基本の風味は守りつつ時代に合わせて味を微妙に変化させてきたといいます。醤油やみりんの配合を変え、甘みや辛みを調整するなど現代の人の舌に合う工夫を重ねています。また、すき焼きだけでなく、前菜や菓子、薄茶が付いた懐石風のコースなども新考案。「あたらしもん好きの京都人を唸らせるには、進化を絶やさないことも重要です」と三嶋氏。
吟味と熟成がつくり出す旨み
情趣溢れる店内で味わえるのは、すき焼きや水炊きなど、素材の味にこだわった牛鍋料理の数々。牛肉はすべて国内産にこだわり、店主自らが市場に足を運び、厳選したもの。一頭買いした牛肉を3週間ほど熟成させることで、旨みが詰まったより深い味わいになるそう。
肉以外の素材にもこだわりが。「近郊で穫れる賀茂茄子や万願寺唐辛子といった京野菜や、自然豊かな京丹後市峰山産の米など、なるべく京都で育ったものを仕入れています」。また、特にこだわるのが豆腐。水質の変化などで味が微妙に変われば仕入れ先を変えることもあるとか。店主自らがこれだと確信したもののみを使う、妥協のない食材選びが三嶋亭の味を守っています。
音も、香りも。目の前で愉しむ贅沢
創業時から看板メニューとして受け継がれてきたすき焼き。明治維新から程ない当時、まだ肉食文化が根づいていなかった京都で人々を驚かせ、牛鍋のおいしさを広めた一品です。客席では熟練の仲居によって、目の前ですき焼きが仕上げられます。南部鉄器の鍋に牛脂をひいて白砂糖を回しかけたあと、色鮮やかな肉を鍋へ。熱しながら甘辛い秘伝の割下を回し入れれば、見る見るうちに食べ頃に。まずは肉だけを卵に絡めて一口。その後、旨みが染み出た鍋で野菜や豆腐などと一緒に煮込みます。
仲居の見事な箸使いと、炊かれる具材のぐつぐつという小気味よい音や香りとともに、でき上がりまでの待ち遠しい時を楽しむことができます。そして、一口食べればふわりと漂う醤油の風味と、噛むほどに滲み出す肉そのものの甘みを味わう瞬間は、まさに至福。
文明開化の華やかなりし時代を思わせる店で、伝統の牛鍋を五感で堪能。舌も心も満足のひと時を過ごしてみては。
三嶋亭 本店
京都市中京区寺町三条下ル桜之町405
営業時間 | 11:30~22:30(最終入店20:00、L.O.21:00) | |
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定休日 | 水曜(不定休あり) | |
お料理 | 昼:昼コース 7,986円 夜:月コース 15,730円 花コース 21,780円 (いずれも税・サービス料込)
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お席 | 大広間テーブル50席、個室18部屋 |
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2016.10.03