「京都の静寂 京の隠れ宿」第二夜

元お茶屋のう宿で堪能する花街のもてなし 元お茶屋のう宿で堪能する花街のもてなし

料理旅館白梅
ryouri ryokan shiraume

〈かにかくに 祇園はこひし 寝(ぬ)るときも 枕のしたを 水のながるる〉――祇園をこよなく愛した歌人・吉井勇の歌碑が立つ、京都・祇園の白川沿い。せせらぎに架かる小さな橋の向こうには、かつてお茶屋だった料理旅館が佇む。ここにあるのは時を忘れくつろがせる、花街ならではのもてなしだ。

文・新家康規(アリカ) 写真・橋本正樹
Text by Yasunori Niiya(Arika Inc.) Photographs by Masaki Hashimoto

近隣の喧噪から一気に引き離されるアプローチ

京都五花街の一つ、祇園東。花街を流れる白川沿いに、隣り合う2本の小さな橋が架かっている。たもとに梅の古木が植えられた橋を渡った先にあるのが『料理旅館 白梅』だ。かつて「大柳(だいりゅう)」という名のお茶屋だったが、戦後まもない1949年(昭和24年)に先々代の女将・大村テツさんが料理旅館へと転業。以来、故・水上勉をはじめ、祇園で遊ぶ名だたる文人や俳優など数々の馴染み客が通う宿となった。

 多くのお茶屋が立ち並んでいた祇園東は戦時中、空襲対策のため白川の北側にあった建物は取り壊され更地となった。現在は古都の風情漂う町に復興したが、江戸時代から栄えた往時の趣を残すのは、『白梅』が立つせせらぎの南側だけだ。

宿専用の橋の先には、梅の花模様が染め抜かれた暖簾が掛かる。格子戸を開け、水が打たれた敷石を踏みながら玄関へ。すると、扉1枚しかへだてていないにもかかわらず町の喧噪は遠くに去り、静寂が広がった。聞こえるのは、せせらぎの流れのみ。

 幕末から明治初期にかけて建てられたという数寄屋造りの建屋は、天井が低く廊下の幅も狭い。しかし、年を重ねた木の柱や梁に囲まれた旧お茶屋の空間に閉塞感はなく、むしろ包まれるような安らぎを感じる。明治・昭和と二度の増築・改修を行ったことで、廊下は何度も曲がる構造になっている。次の角を曲がればどこへ……と、つい探検しているような気分になる。廊下には慎ましく季節の花が生けられていたり、坪庭が望めたりと、館内散策もまた楽しい。

宿へと続く小さな橋 女将の大叔父が描いた「梅暦」

「梅見」の本間

白梅

 5室のみで営む旅館だが、当初は10室あったという。時代の潮流に応じ、浴室や洗面所などを設けて各部屋を広げ、数は当初の半分に減らした。それぞれ「梅ヶ枝」「梅園」など、宿名にちなみ梅の字が配されている。

 かつて舞妓が住んでいた置屋を改装して作られた「梅暦」は、女将曰く「一番祇園ぽい部屋」。障子越しに川の流れを眺めることができ、春は花筏、冬は雪と、白川の四季の移ろいが楽しめる。約150年の間変わらず客を迎える床柱は桜だ。ほかにも杉や松、梅、栗など、館全体では35種類ほどの木材が使われている。

お茶屋の雰囲気を残す廊下

「梅見」の次の間

「梅暦」の寝室

 幕末期のお茶屋の面影を残す「梅見」は、宿で最も古い部屋。次の間は茶室として使われていたこともあり、網代天井がほかに比べさらに低く感じる。本間に置かれた梅の花をかたどったテーブルをはじめ、釘隠しの形や欄間の透かしなど、部屋には梅をモチーフにした意匠がここかしこに。窓から望む中庭には四季の花が植わり、冬から春にかけては、白梅のほか蝋梅や石蕗(つわぶき)、万年青(おもと)などが目を楽しませてくれる。

「八寸の盛り合わせ」

食事だけを味わいに訪れる客もいるという『白梅』。冬から春にかけては、魚はぐじ(甘鯛)、野菜は山菜や筍などが膳に上がる。中でも京野菜は、市内北部の自家畑で栽培されたものだ。野菜の持つ旨味が繊細な味付けでより引き出され、ついつい箸が進み、京の地酒の杯も重なる。

 季節の食材が並ぶ宿の食事だが、創業より約70年朝食にずっと出てきた定番の品がある。それは、京都・美山産の地鶏の卵を2個使う「だし巻き」だ。箸を入れれば出汁があふれ出す、シンプルゆえに素材の味を堪能できる一品。これを焼くことができるのは、勤続40年を超える89歳の女性と彼女から直々に手ほどきを受けた板前だけ。この「だし巻き」を楽しみに、この宿を訪れる常連客も少なくないという。

白梅

『白梅』のもてなしは、祇園流とも言うべき趣向がこらされる。例えば、予約時に宿泊する日が誕生日や記念日だと伝えれば、それに応じて飾り付けを変えるなど心をこめた演出を施すという。ある時、ここでプロポーズをしたいという男性のリクエストを受け、女性が部屋を離れた一瞬のうちに室内を一面の花で飾ったこともあるそうだ。

 そんなサービスをすべて取り仕切っているのが、3代目女将を務める奥田朋子さん。女将は、この宿で生まれ育った生粋の“京女”だが、大学卒業後に航空会社の客室乗務員として国内外で勤務した経験を持つ。「航空会社では、お客様へのサービスを最優先に考えることを教わりましたが、それは祇園で受け継がれてきた昔ながらのもてなしと同じでした。お泊りくださるすべての方に満足していただけるよう、女将がすべてをアレンジする――それが代々のこの宿のおもてなし。祇園の文化なんです」。

床の間 作家の故・水上勉の直筆色紙

女将の奥田朋子さん

宿を彩る軸や壷などの飾り付けは、季節の細やかな移り変わりに応じておよそ10日ごとに変えられる。しかし、毎年11月9日だけ「梅見」に掛かる軸がある。この日は、大正から昭和にかけて活躍した歌人・吉井勇の命日。生前、いつもこの部屋に逗留していた吉井を偲び、吉井直筆の軸が1日だけ床の間を飾るのだ。今宵の旅人だけでなく、かつてこの宿を愛した過客も大切にする。それが、代々受け継がれる花街のもてなしだ。

 吉井勇はこの宿に、祇園を詠んだ代表歌として知られる「かにかくに…」と対になる歌を遺している。〈なつかしき 枕の下の せせらぎの をといまいかに 白梅のやど〉――歌人が愛した祇園の風情と心は、時代を経た今も、この宿に健在である。

料理旅館 白梅

料理旅館 白梅

京都市東山区祇園新橋白川畔
1泊2食付き 1名様33,000円~(1室2名様ご利用時、税別)
チェックイン 15:00、チェックアウト 11:00

※『料理旅館 白梅』では、ダイナースクラブカードがお使いいただけます。

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  • 「京都の静寂 京の隠れ宿」第一夜『世界に認められた全7室のスイート 要庵西富家』も併せてご覧ください。

2017.01.30

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京都・祇園を流れる白川沿いに建つ、元お茶屋の宿「料理旅館 白梅」。幕末から明治初期にかけて建てられた全5室の数寄屋造りの宿で、古都の旬を凝縮した懐石と名物のだし巻きを。3代にわたって受け継がれる花街ならではの心尽くしの“おもてなし”が、旅人を待ち受けている。