弧玖(こきゅう)
名店の味と心を受け継ぎ
新風を吹き込む次世代の京料理
文・中村慶子
写真・たやまりこ
Text by Keiko Nakamura
Photographs by Mariko Taya
名店『桜田』の志を受け継ぐ
若き大将
京都のビジネス街・四条烏丸の路地に佇み、その丁寧な仕事ぶりともてなしで、美食家たちの支持を集めていた『日本料理 桜田』。2015年の初め、惜しまれながら27年の歴史に幕を下ろした名店の味と心を引き継いでいるのが、同年秋に開店した日本料理店『弧玖』です。
店の主は、『桜田』で9年間修業を重ねた前田翔氏。店を辞めた後は、「一から十まで自分の手で挑んでみたい」と京都市中央卸売市場で鮮魚商を手伝いながら、個人宅ヘ赴き腕をふるう出張料理人を務めていました。ところが『桜田』が閉店、その道具などを譲り受けることになり周囲の薦めもあって、33歳で自らの店を開店。予想より早く構えることになった「自分の店」では、かつて教わった丁寧な仕事を貫くために、席はカウンターと1部屋の個室に限り、予約のみの店にしたといいます。
名店の「仕事」はそのままに
『弧玖』は京都三大祭のひとつ、葵祭が催される下鴨神社のほど近く。河原町通り沿いに建つ町家の青いのれんをくぐると、京町家独特の細長い空間が奥へと広がります。
店内に入ってまず目を奪われるのがタモ材で作られたカウンター。厨房に立つ前田氏に笑顔で迎えられ席につくと、京の割烹らしい凛とした空気と不思議な心地良さに包み込まれます。カウンターの向こうには井戸のある坪庭が。この井戸からこんこんと湧く水はまろやかな口当たりで、料理の味を引き立てる大切な存在なのだとか。
『弧玖』の料理は、季節時間を問わず月替わりのおまかせのみ。その日の仕入れによって内容は若干変わるものの、供される一品は『桜田』と同様、旬の味覚を的確にとらえたものばかりです。
料理で古都の四季を映し取る
この日、まず登場したのは先付の「長芋そうめん」。長芋を昆布締めにしてから細切りにすることで、芋本来のシャキシャキとした歯ごたえを残しつつ、柔らかくしっとり。白く曲線を描く様子は川の流れのようで、旬を迎えた車海老やぜんまい、ウニなどとともに、ガラス皿に美しく盛り付けられています。「長芋そうめんは、修業時代に教わったままのもの」と前田氏。『桜田』の味を引き継ぐことについて尋ねると、「私の仕事はすべて『桜田』で学んだこと。それをそのままお出ししています」と前田氏は調理の手を止めず静かに語ります。
京料理に新しい息吹を吹き込む
一方で、前田氏独自のセンスが光る一品として注目したいのが、コースの中でも最も独創性が表される八寸。本来、茶懐石では26cm(八寸)角の器を用いたことから“八寸”と呼ばれるようになったこの料理を、前田氏は輪島塗の長板をはじめ、備前焼や信楽焼などの器に盛り付け、日々移り変わる季節を表現しています。
この日の八寸は桜の散り始めを表した「花筏(はないかだ)」をテーマに、うるいなどの春の食材を用いた串や手まり寿司が。料理の上に舞い散る花びらは新ショウガ。陶器の橋の下を流れる本物の桜の花びらは、食事中に舞い立つことがないようのり代わりに卵白を刷毛(はけ)で塗っているそう。
カウンター席の目の前で、美しい光景が次々に織り成される様は、思わず箸を止めて見入ってしまうほど。この「花筏」は桜が散り始める数日間しか出されず、季節とともに清流の中を泳ぐ鮎や華やかに色づく紅葉など、その日の古都の表情を映し取った一皿になるのだとか。そして水物の一つとして添えられるのが、自家製クレームブリュレやフルーツコンポートといった洋風デザートというのも前田氏ならでは。
開店から約1年半が経ち、京都でも屈指の予約の取りづらい店として知られるようになった『弧玖』。「ミシュランガイド」の一つ星にも選ばれた同店を訪れる人は、帰り際に次回の予約をしていくことが多いとか。食通の間で伝説となった名店の技と味を受け継ぎつつ、京料理に新たな息吹を吹き込み、さらなる進化を期待させる一軒は、今日も人々の目と舌、心を楽しませています。
弧玖
京都市上京区青龍町204
営業時間 | : | 11:30~14:30 18:00~21:30 |
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定休日 | : | 月曜(不定休あり。お問い合わせください) |
お料理 | : | 昼コース7,000円、12,000円、20,000円~ 夜コース 20,000円~※価格は日によって変動 (税・サービス料別) |
お席 | : | カウンター席9席、個室1部屋(6名様まで) |
075-746-4375
- *ご予約の際は、ダイナースクラブ ウェブサイトをご覧の旨、お伝えください。
- *お支払いはダイナースクラブカードをご利用ください。
*2017年4月4日公開の「京のグルマンが愛する店」の「マダム紅蘭」もあわせてご覧ください。
2017.04.25