まるたけえびす新発見 京都の通りを歩いてみれば

第八回 鴨川納涼床(かもがわのうりょうゆか)

江戸期の風情を今に伝える
京都ならではの夏の夕涼み

文・白木麻紀子(アリカ) 
写真・瀧本加奈子

Text by Makiko Shiraki(Arika Inc.) 
Photographs by Kanako Takimoto

「♪まる たけ えびす に おし おいけ……
京都で古くから歌い継がれてきたこの「通り歌」は、
平安京より続く京都の“碁盤の目”を成す通り、
丸太町通、竹屋町通、夷川通、二条通、押小路通、御池通……といった道の名前を覚えるためのわらべうた。
一条一筋の道が織り成すまちには、今も京ならではの文化が息づいている。歴史に触れ、美味を見つけ、人と出会う。
そこには新しい古都の魅力が待っている。

京

鴨川の納涼床 地図

京の夏の風物詩として知られる、鴨川の納涼床。川に向かってせり出すように設けられた桟敷席である床(ゆか)は、川面を吹き抜ける風を感じながら涼をとり、一献傾けることのできる場所である。それは、蒸し暑い京都の夏を乗り切るための先人たちの知恵といえよう。

 その始まりは江戸時代初期、四条大橋のあたりで行われた「四条河原の夕涼み」に遡る。この橋近くの河原は、江戸時代、歌舞伎や浄瑠璃といった見世物や物売りなどで大いににぎわったという。そこで豪商らが河原に見物席を設け、客人を招いてもてなしたのが「四条河原の夕涼み」の起源ともいわれる。

1960年代の納涼床の様子

は当初、川の浅瀬や砂洲に折りたたみ式の腰掛けのような床几(しょうぎ)を並べたものや、張り出し式など多様で、出されるのは旧暦の6月7~14日(現在の7月17~24日)、祇園祭の宵山頃が通例だった。時代が下がるとともに床几は姿を消し、入れ子のような2段構えの高床式を経て、現在の形である高床式の桟敷席のみとなった。また今では、床が出る時期は5月1日~9月30日(昼床は5月と9月のみ)である。しかしながら、日が落ちるのを待ちかねるように河原の床に人々が繰り出し、涼を求める姿は今も昔も変わらない。

 今回は、納涼床の原点ともいえる四条大橋のたもとを振り出しに、美食と界隈の歴史を訪ね歩いてみよう。

風格漂う老舗の床で、
芸舞妓と過ごす京の夏

 江戸時代の賑わいに思いを馳せつつ四条大橋の西詰に立てば、クラシックな洋館『東華菜館(とうかさいかん)』の右手から始まる控え目な路地、西石垣(さいせき)通が見つかる。石畳に誘われるように歩を進めると、「ちもと」の文字を大胆に意匠化した大きなのれんを掲げる、3階建ての数寄屋建築が目に入る。

『京料理 ちもと』八寸

『京料理 ちもと』お造り

『京料理 ちもと』は、創業約300年の歴史を持つ老舗料亭。京都産を中心に選りすぐった食材の旬を生かす料理の味と、心を浮き立たせる華やかな膳で人気を集める一軒である。

 月ごと年ごとに献立を変え、常連客も飽きさせない心遣いにも定評がある。中でも八寸は、一品一品丁寧に仕事の施された季節の味覚が色とりどりに並び、質実さと華やかさの同居する「華やか侘び」とでも言うべき風情で訪問者の目を奪う。さらに床席では、香り高い天然鮎を目の前で料理人が焼き上げるという、屋外ならではの遊び心ある趣向も。

 「料亭といえば、お祝い事や接待などハレの日にお使いいただくことが多いものですが、床は別。“夕涼み”の場所として浴衣がけで気軽に上がっていただける、いわば少しカジュアルな空間です。当店では今もこの“夕涼み”の感覚を大切にしています」と店主の松井明太氏。床に華を添える芸舞妓の手配を受け付けているのも老舗ならでは。古都ならではの夜を満喫するなら、ぜひ早めに相談したい。

歩

 四条大橋の西詰から鴨川を右手に見るように進めば、たどり着くのは京都の花街の一つ、先斗町(ぽんとちょう)である。入口には「先斗町」の看板と千鳥が描かれた提灯が訪問者を迎える。ここから北へ延びる通りは、名店新店ひしめく京都でも指折りのグルメストリート。打ち水に光る石畳と赤い提灯が、艶めいた大人の街を印象づける。そんな一角に、フランス会席の草分け的存在として名高い店が静かに佇む。

『先斗町 禊川』特選会席「古都」

京焼の中に広がる
正統派フレンチを、床で味わう

『先斗町 禊川』(みそぎがわ)は、東京會館での修業を経たオーナーシェフの井上晃男氏が1981年(昭和56年)、幕末期に建てられた元お茶屋を改装して開いたフランス料理店だ。同店では、手間と時間をかけて仕込み、多彩なソースで素材の味をふくらませるクラシックフレンチを、目でも舌でも楽しめる繊細な会席スタイルで提供する。料理の味付けも伝統に則り、「フランス本国でも、隠し味としてソースなどに日本の調味料を取り入れるシェフが増えていますが、うちでは使うことはないですね」と語る井上氏。

 その王道ぶりの一端は、夏に人気を集める冷製スープ「パリの夕暮れ」のコールコンソメの澄んだ深い味わいからもうかがい知ることができる。またシャンパンやワインは、長年親交のあるランスやブルゴーニュの生産者から、井上氏自らが買い付けたものが中心。川面をそよぐ夜風を感じながら、グラス片手に京焼の器で供される正統派フレンチをじっくり堪能したい。

通

納涼床を訪れるなら、その道中のそぞろ歩きでも涼を楽しみたい。そこでお勧めしたいのが木屋町通だ。京都で一、二を争う繁華街として飲食店がずらりと軒を連ねるこの通りのすぐ西側には、鴨川から取り入れた水が心地良いせせらぎを作る高瀬川が流れる。かつては穀物や薪などを運んで船が行き来した約10kmの運河。江戸初期の1614年(慶長19年)頃に京都の豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)が私財を投げうって開いたもの。以来京都と大阪を水運で結ぶ大動脈となり明治時代まで大いに栄えた。川には、船が荷揚げなどを行う「船入(ふないり)」と呼ばれる係留場が九つあったといわれ、その一つ「一之船入(いちのふないり)」が当時の様子を今に伝える。

文豪も愛した元・旅館で、
大文字を見ながら
豆腐料理に舌鼓

『豆屋源蔵』は、高瀬川の係留場であった「一之船入」のほど近くに立つ豆腐と京料理の店。元々はお茶屋であったが、その後『近江初』という名の旅館として約30年前まで営まれていた。作家の大佛次郎や井上靖、画家の山下清らも逗留したという日本家屋の奥に、涼しげな桟敷の床席が広がる。

 店名に“豆屋”と冠するだけあって、料理に使われる豆腐、ゆば、味噌はすべて手作り。「湯豆腐コース」や「鱧のしゃぶしゃぶコース」で供される小さな土鍋に入った碗豆腐が名物で、国産大豆の豊かな風味が味わえると評判だ。前菜の田楽や焼き物の魚の味噌漬けなど、自家製味噌のやさしい味わいも同店ならでは。

 「8月16日の五山の送り火では、床から大文字が正面に見えますよ」とオーナーの榎本亨氏。店の信条である「花は半開、酒は微酔」の言葉通り、上品で滋味深い一品一品を、夜風にあたりながらじっくり楽しめる。原稿執筆時点では、8月16日は席に若干余裕があるそうなので、早めの予約がおすすめだ。

鴨川納涼床で訪ねたスポット

京料理 ちもと

木造3階建ての数寄屋建築で、京料理が味わえる
創業約300年の老舗料理店。

料理 夜 18,630円、24,840円、37,260円(税・サービス料込)
※2名~要予約
※芸舞妓の手配は別途料金がかかります
床の期間 2017年6月1日(木)~9月30日(土)

京都市下京区西石垣通四条下ル

営業時間 12:00~14:30(入店)、17:00~20:00(入店)
定休日 不定休(月2回)

075-351-1846

http://chimoto.jp/

  • ※ご予約の際は、ダイナースクラブウェブ サイトをご覧の旨、お伝えください。
  • ※お支払いはダイナースクラブカードをご利用ください。

先斗町 禊川

元お茶屋の風情を残した建物で、伝統的なフランス料理と京焼との饗宴が楽しめる。

料理 夜 特選会席「ゆらぎ」35,640円、特選会席「古都」23,760円、
会席「みやび」17,820円(税・サービス料込)
床の期間 2017年5月1日(月)~9月30日(土)

京都市中京区先斗町三条下ル東側

営業時間 11:30~15:00(L.O.13:30)、17:30~22:30(L.O.20:30)
※昼の営業は6名以上で前日までに要予約
定休日 水・日曜・年末年始

075-221-2270

http://www.misogui.jp/

  • ※ご予約の際は、ダイナースクラブウェブ サイトをご覧の旨、お伝えください。
  • ※お支払いはダイナースクラブカードをご利用ください。

豆屋源蔵

文化人らが逗留した旅館の面影を残す料理店。名物は自家製の碗豆腐。

料理 夜 鴨川5,800円(席代・税込)
高瀬川7,500円(席代・税込)
湯豆腐コース7,500円
(2名~、前日までに要予約、席代・税込)
鱧しゃぶしゃぶコース11,000円
(2名~、前日までに要予約、席代・税込)
床の期間 2017年5月1日(月)~9月30日(土)

京都市中京区木屋町御池上ル

営業時間 11:30~13:30(L.O.)、17:00~21:00(L.O.)
定休日 不定休
  • ※ご予約の際は、ダイナースクラブ ウェブサイトをご覧の旨、お伝えください。
  • ※お支払いはダイナースクラブカードをご利用ください。

2017.07.04

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