石塀小路 龍吟いしべこうじ りゅうぎん
京都・東山、高台寺の塔頭・圓徳院の裏を走る石塀小路。路地の奥に建つ一棟の町家は、料理旅館が営む全2室のスイートルーム。京都人ならではの感覚で調和が図られた設いに囲まれ、暮らすように、ゆるやかな時を過ごしたい。
文・新家康規(アリカ) 写真・橋本正樹
Text by Yasunori Niiya(Arika Inc.) Photographs by Masaki Hashimoto
京都を訪れる旅人たちが必ずや一度は足を運ぶ東山地区。名刹が多く、最も古都らしいエリアのひとつと言えるが、中でも清水寺から産寧坂、二年坂を通り高台寺へと向かう石畳の道は、しっとりとした情緒が漂う。その道の途中、一燈のランプが備わる路地がある。「石塀小路(いしべこうじ)」と呼ばれるこの道は、高台寺の門前から同寺塔頭のひとつ・圓徳院の裏をまわり、下河原通へと抜ける細い路地だ。
東山三十六峰の裾野に位置する斜面地のため、土地を溝のように削り道を通している。両側に立ち並ぶ家々は石垣の上に建てられ、どこも入口に階段が設けられている。明治時代に住宅街として造られたここは、大正時代に入りその独特の景観で多くの文人墨客に愛されたという。
そんな趣ある石塀小路の中に、今宵の宿『石塀小路 龍吟』がある。
宿の名にちなみ龍を描いたのれんをくぐり、石段を上がって入口へ。コンシェルジュデスクが設けられたレセプション・ロビーには、空を想わせる青の壁にきらめく龍の織絵が。四神相応の考えに則って建造されたという平安京。都の方角を司るとされた四神で、東を護るのが青龍だ。古都の東に位置するこの地で、青き龍が過客を迎えてくれる。
「ここはもともと隣に建つ高台寺さんの敷地。禅寺にもよく描かれている龍を名前にいただきました」と教えてくれたのは、この宿を営み、八坂神社門前の料理旅館『祇園畑中』の主人でもある畑中誠司氏。2012年、20年ほど暮らした自宅を取り壊し、石垣と玄関の門はそのままに、新たに瀟洒な町家を建てた。数多くの旅行者から「プライベート感のあるワンランク上の宿がほしい」とのリクエストを受けてのことだった。
2階建ての京町家の中には、各階に1部屋ずつ、計2室のスイートルームがつくられた。室内は木と土、紙という伝統的な和風建築の素材を使いながらも、どこか現代的な雰囲気を漂わせる。大きく開かれた窓や開放的なリビング、広々としたバスルームなど、洋の要素を積極的に取り込んだ和モダンの設いが落ち着きの中に軽やかな空気を醸し出す。背伸びを強いられることはけっしてなく、ゆるりとくつろげる空間だ。
1階の「忘筅(ぼうせん)」の間は、和室の黒畳が印象的だ。窓際に座して庭を眺めれば、モミジやドウダンツツジ、サザンカなどが穏やかな表情で、移ろう季節を教えてくれる。室内の壁紙には日本画の顔料を塗した和紙が使われており、広々とした空間に穏やかな雰囲気を演出している。
2階は100m2の広さを誇る「幽石(ゆうせき)」の間。中に入れば、見上げる高い天井に露わになった梁。そこからはイサム・ノグチがデザインした大きな球形の和紙照明が下がる。木の温もりに包まれる伸びやかな空間に心身が開放されていくようだ。
どちらの部屋にも大きなバスルームが備わっているが、ゲストは『祇園畑中』の大浴場を自由に使うこともできる。散策の帰路、高野槙の広い湯船で旅の疲れを癒してから部屋に戻り、古都の宵を一献の酒とともに愉しむのもいい。
時間を忘れて夜更かしし、心ゆくまで朝寝坊……。そんなゆるやかな時の流れが愉しめるくつろぎの宿である。
旅の醍醐味のひとつは、何と言っても“食”。この宿では「和のオーベルジュ」をコンセプトに、京料理店『石塀小路 かみくら』を備えている。建物脇に設けられた宿泊客専用の通路を渡り、半地下にある店へ。長さ7.2mのアオダモの一枚板を用いたカウンター席に座れば、食材が色鮮やかな品々へと姿を変えてゆく様を、まさに眼前で愉しむことができる。
料理長・矢野由彦氏の「できる限り京都のええもんを」との想いから、食材は京都や近郊産のものにこだわる。この日は、京都・上賀茂の農家から直接届く京野菜に、琵琶湖にしか生息しない琵琶鱒、京都で育成された黒毛和牛「京都肉」など、旬の“うまいもん”が並んだ。
箱皿の中に10品が揃う八寸に箸をのばせば、焼物は熱々、和え物はひんやりと、一品一品が最もおいしい温度で供されていることがわかる。「小さな店だからこそできること。調理場とお客様の距離が近いからこそのおもてなしです」と料理長。また、季節の繊細な移ろいに応じ、メニュー内容は毎日変わる。秋は京都・丹波産の松茸や兵庫や三重県産のふぐ、11月に入れば松葉蟹が愉しめるという。
石塀小路の景観に溶け込む外観ながら、室内は一転、モダンな雰囲気を醸す『石塀小路 龍吟』。和と洋のエッセンスが混じる家具やさりげなく設えられた調度品は、どれも主人・畑中氏が厳選したものだ。京唐紙の老舗・丸二の襖紙や、数奇屋建築を手掛ける中村外二工務店が設立した興石の照明といった京都の伝統を生かした品々に加え、パキスタンやペルシャ産の絨毯、清水焼の作家・武内秀峰氏の手になる壷などが部屋に彩りを添えている。
一見趣の異なるこれらを空間の中で調和させるのが「京都の文化であり美意識」と畑中氏は語る。毎年京都の夏を彩る祇園祭の山鉾は、西陣織から舶来品の絨毯まで、古今東西の美で飾り付けられ、人々の目を楽しませる。また、京料理も器という小さな空間に色とりどりの食材をちりばめ、一つの宇宙を生み出す。それらと同じくこの宿も、京都が育んできた審美眼が作り上げた一つの美しき世界と言えるだろう。
ルームサービスはないが、昼間常駐するコンシェルジュがその人の旅のスタイルに応じて、細やかな心配りでもてなしてくれる『石塀小路 龍吟』。希望すれば『石塀小路 かみくら』での朝食も用意してくれる。「日中は観光客の方も多く歩かれる石塀小路ですが、早朝や夜間は鳥や虫の音が聞こえるほど静か。明治・大正期から変わらない空気感の中、暮らすように滞在していただければうれしいですね」。快適な滞在と美食の両方が愉しめる「和のオーベルジュ」で、静謐で快いひとときを過ごしたい。
石塀小路 龍吟
京都市東山区下河原町463-12
1室 1階55,000円~、2階73,700円~(2名様ご利用時、食事なし、税・サービス料込)
チェックイン 14:00
チェックアウト 11:00
075-748-1840(10:00~19:00、不定休)
※『石塀小路 龍吟』では、ダイナースクラブカードがお使いいただけます。
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- 「京都の静寂 京の隠れ宿」第五夜『古き佳き時代の文化薫る宿で旧宮家の美意識に浸る 吉田山荘』も併せてご覧ください。
2017.09.20