銀座マティーニ 酒場の紳士になりたければ、
まずはマティーニを極めることである。
最上の一杯を求めて、
今夜もまた、銀座のバーを訪ねる。

『ガスライト銀座』 原点に戻った
マティーニを作っていきたい

文・吉村喜彦 写真・飯田安国

 「ガスライト」は数々の名バーテンダーを輩出した店として知られている。
 もともと狸穴(まみあな)にあった店の血筋をひいている。その店は旧ソ連大使館近くにあり、80年代、六本木や麻布で飲んだ後、最後の一杯を引っ掛けによく立ち寄った。

 そんな「ガスライト」。いまは、銀座、霞が関、四谷と三店舗があり、オーナー・バーテンダーを務めているのが、井口法之(いぐちのりゆき)さんである。目つきを見れば、その人となりがわかるが、井口さんの目には40歳とは思えぬ落ち着きがある。肝の据わったひとだな、と第一印象で思った。

 さっそく、マティーニを注文する。
 手際よくボトルを取り出した井口さんが、ミキシンググラスに液体を注ぐ。
 「ジンは冷凍庫で冷やしたゴードン。ヴェルモットは冷蔵庫に入れていたノイリー・プラットのドライ」
 好きな組み合わせだ。ゴードンの、野を駆ける狼を思わせる強さ。ノイリーのエレガンス。いわばマティーニのスタンダードである。

 30回ほどステアして、口の開いたグラスに注ぎ、そこにレモンピールを3箇所シュッとしぼって出来上がり。スピード感も、マティーニの美味さに関係してくる。
 グラスを近づけると、シトラスの香りが爽やかに立ってきた。
 ひとくち。
 辛さのなかに、剛直さと繊細さが同居している。喉もとを過ぎたあと、刀が一閃(いっせん)したような冷たい光が、口中にきらめいた。舌の脇がキュッと締まった。
 高倉健や菅原文太のはにかみを含んだ笑いのようだ。まさに、おとなの男の味わい―。

井口さんのステアがすごい。
 小指をのぞいた四本の指でティースプーンを支え、指先だけで回していく。ぼんやり見ていると簡単そうに見えるが、やってみると、並大抵のことではこの動作はできない。
 「うちのステアは3年以上修行しないとできないと言われています(笑)」

 たしかに。ただ回転させるだけでなく、上下、斜め、左右―と微妙に揺らしながら混ぜ合わせている。
 「液体を水と空気を含めながら、ゆるやかに延ばしていく、という感じなんです。私は『餅つき』みたいなイメージ。こねるんです。空気を含ませていくんです」
 なるほど。寿司のしゃりとよく似ている。ステアは「空気」が大切なんだ。

 ステアは30回ほどだったが、終えるタイミングはいつ?
 「香りが立ってきたときです。以前ブードルスのジンを使っていたときは、香りが開くまでちょっと時間がかかったんですが、ゴードンとノイリーの組み合わせでは、あまり混ぜなくても、香りが立ってきます。あと、大切なのは、液体の粘り。クッと粘ってきたら、ステアは終了ですね」

 簡にして要を得た受け答えが、マティーニのように清々しい。しかも、業務的な冷たさはまったくない。言葉に、人間のあたたかさが感じられる。

20代、そして30代とがむしゃらにやってきて、40歳になった井口さんは、あらためて原点に戻ったマティーニを作っていきたいと言う。押しつけになってはいけないが、自分が美味しいと思うカクテルを作り続けたい。それが仕事の、そして、生きる軸なのだと。
 軸をぶらさないが、今日のマティーニと明日のマティーニは微妙に違うし、あなたに作るマティーニと隣席のひとへのマティーニも微妙に違う。

 井口さんがこの仕事に入った切っ掛けは、トム・クルーズ主演の映画『カクテル』を観たことだった。バーテンダーの仕事は「対面商売」の醍醐味にあると思っている。
 「お客様がカクテルを召し上がるときの表情や動作、『美味しい』とおっしゃっても、その言葉以外のところにある思いを汲みとって、次のカクテルをお薦めします。ですから同じカクテルでも、お客様によって少しずつ違うはずです」

 井口さんはメジャーカップを使わない。先輩からも「仕事は目で盗め」と言われた。言葉以外のコミュニケーション感度をアップさせることが、カウンターの向こうのお客様に対したときにも役立っているのだろう。
 「『守破離(しゅはり)』という言葉が好きです。まずは師匠の型を守りながら、その型を自分と照らし合わせて研究し、自分に合った型を作り、最終的には師匠の型、自分の型を離れて、自在にモノを作ることができるだろうと。一生、勉強だと思っています」 「守破離」とは一種のカクテルなのかもしれない。AとBの液体から、新しいCという液体を生み出す。

 井口さんは微笑みを浮かべながら謙虚に話す。が、その目は、彼が作るマティーニのように一閃の光を宿していた。

『ガスライト銀座』
おすすめのカクテル

 「日本では越路吹雪の歌で有名な「ラストダンスは私に」からインスピレーションを受けて作ったカクテルです。『明日につながる一杯』です」そう言って、薦めてくれたのが「ラストダンス」。

カルバドス 25ミリリットル
グリーンミント・リキュール 1ティースプーン強
マロンシロップ 10ミリリットル
生クリーム 15ミリリットル

 とろりとしたクリーミーな液体は、ひとくち含むと、やわらかい幸せ感に包まれる。マロンのほくほくしたあたたかい優しさ。カルバドスの甘酸っぱさも生きた、繊細な感覚にあふれた逸品。ぜひ、お試しあれ。

 井口さんが2007年に全国バーテンダー技能競技会で総合優勝したときのカクテルです。

ガスライト銀座

東京都中央区銀座8-7-11 ソワレド銀座第2弥生ビル6F
営業時間:18:00~27:00(土曜は23:00まで)
定休日:日曜、祝日

03-3574-7633

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2014.12.25

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