路地を歩き、
ライカに憧れたころを思いだす
銀座を歩いていてあらためて思う。銀座は路地の多い街だ。
どの路地にも懐かしさがそのまま残っていて、
一歩踏み入れると遠い過去がよみがえってくる。
そういえば、かつては写真が一番の趣味だった。
路地の風景もよく撮っていた。
そんなことを思いだし、古い、馴染みのカメラ店をのぞいてみる。
文・山口正介 写真・長坂芳樹
Text by Shosuke Yamaguchi
Photographs by Yoshiki Nagasaka
俗に男の趣味は車に時計にカメラとオーディオ、などという。
僕もご多分に漏れず、それぞれの趣味に感染したが、もっとも重症だったのはカメラというか写真であっただろうか。
子供のときから家にあったカメラを持ち出し、写真撮影をしていたのだが、はじめて本格的な自分のカメラを持ったのは高校に入学したころだった。自宅の庭に来る野鳥の撮影が目的だった。そのころはまだ、「アトリ」などという今となっては珍しい鳥が飛来していたのだ。
同級生の父親がカメラ関係の会社にいたので、社内販売で安くしてもらった。最初に買ったのが200ミリ望遠レンズというのは、ちょっと変だろうか。野鳥の撮影がメインだから、そうなった。
同時に何となく将来は映画監督になりたいと思っていた。それには写真学校と演劇学校の両方で勉強すればいいと、勝手に考えていた。適当な映画学校が思い当たらなかったからだ。
高校卒業と同時に、まずは手近な演劇学校に入学したのだった。2年で卒業して、それから写真学校と思っていたら、演劇自体が面白く、写真のほうを忘れてしまった。ある高名な写真家の方が、僕がいずれ内弟子に来るものだと思って、待ってくれていたらしい。今にして思えば、大変な失礼をしてしまった。
やがて演劇からも手を引き、映画監督もあきらめたが、映画評論の仕事をするようになっていた。ご存じのように映画配給会社の多くは銀座周辺にあり、その社内試写に通ううちにカメラ熱が再発した。いうまでもなく銀座周辺にはカメラの老舗が何軒もあるからだ。そのうちに何軒かを試写の行き帰りに何となくのぞくようになった。
なかでも一時期、ほとんど毎日、お邪魔していたのが当時は銀座の1丁目にあった『銀一カメラ』だ。銀座1丁目にあるから『銀一』なのだった。
本来はプロの写真家を相手にする専門店である。僕などには敷居が高いのだが、生来の好奇心から日参していたのだ。最初のうちは、当時は西独製であったコンタックスの一眼レフカメラのレンズの発色に憧れていたのだが、次第にライカカメラの精密な機械仕掛けに陶酔するようになる。
『銀一カメラ』では、自分の生まれ年のカメラを所有する、ということを提案していたと思う。僕は1950年生まれなのだが、該当するライカカメラが充分に実用に耐える状態で売られていた。
しかし、ちょいとお値段が張るので、なんとか手の出るジャンクすれすれのものを漁るようになる。出物を探すので手間隙がかかる。まだインターネット・ショッピングなどのない時代だった。
毎日のように、これといった掘り出し物はないかと通っているうちに、古今亭志ん朝師匠が、同好の士であることがわかった。ある日、『銀一カメラ』のショウケースを真剣な面持ちで覗き込んでいる人がいた。師匠だった。ちょいとした関係で存じあげていたので、この日もご挨拶させていただいた。
『銀一カメラ』の会長、丹羽武彦さん。手にしているのは「シノゴ」とも言われる4×5インチの大判カメラ。
これがご縁で、『銀一カメラ』の先代会長の丹羽壽彦さんが一席設けてくださった。師匠を囲んでのカメラ談義は貴重なものとなった。『銀一カメラ』のフロアの方たちも親切に色々とカメラの扱い方を教えてくれる。『銀一カメラ』は僕にとって、結局行くことができなかった写真学校のようなものだった。
『銀一カメラ』は先にも書いたように銀座の1丁目にあったから『銀一』である。その旧『銀一カメラ』から移転した歌舞伎座の近くの新『銀一カメラ』までは大通りと横丁を何本か横断、縦断して、ちょっとしたお散歩になる。
銀座は大通りも面白いが、ビルに挟まれた狭い横丁にも味わいがある。それは古き良き時代の銀座風物といえるものだ。夜の銀座ともなると、その横丁づたいに酒場をハシゴできなければ、銀座通ではないとまでいわれていた。また、銀座を古くから知る人の間では南北が縦で東西が横、という感覚が定着している。つまり銀座中央通りは縦の道ということになる。これも最近はずいぶん混同されているようだ。
だから、僕がいう「横丁づたい」は銀座の広い通りに対して、まさに横断するようになっている狭い道のことだ。すれ違うのもやっとの狭い横丁をすたすたと歩いて、ひょいと狙い通りの表通りに出られるようになれば、あなたも一端の銀座通ということになるだろう。
銀座散策の楽しみのひとつは、ひっそりとした路地裏を探すこと。
『銀一カメラ』にうかがった後は、華やかな銀座とはまたひと味違う道を歩いてみました。
最近はフイルムカメラから遠ざかり、デジタルで気軽な撮影を楽しんでいるが、久しぶりに訪れた『銀一カメラ』で、長期にわたり潜伏していたフイルムカメラのウイルスが、またぞろ再発しそうである。
銀一COCO
東京都中央区銀座3-11-14
ルート銀座ビル8F
定休日 | : | 日・月曜、祝日 |
---|---|---|
営業時間 | : | 12:00~19:00 (土曜は~18:00) |
03-3544-4690
[著者プロフィール]
やまぐち・しょうすけ
作家。映画評論家。1950年、作家・山口瞳の長男として生まれる。桐朋学園芸術科演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て、小説、エッセイなどの文筆の分野に転身。銀座の散歩はヤマハのサクソフォン教室、映画の試写などに通っているうちに「ほぼ日課」となる。主な著書に『正太郎の粋 瞳の洒脱』『山口瞳の行きつけの店』『江分利満家の崩壊』などがある。
*ギンザ八丁 たてよこ散歩 Vol.4「木挽町界隈にて古き良き時代を守る人と出会う」もあわせてご覧ください。
2017.04.25