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「目利きが選ぶアレやコレ」特別スピンオフ!

史上最速で三つ星を獲得した『HAJIME』の始まりの物語

米田シェフのスペシャリテ「chikyu 地球」。実に100種類もの野菜を使用。シェフの美意識が存分に発揮された一皿だ。

料理人としての原点を蘇らせてくれた一枚の写真

カラスとしっかり見つめ合い、何やら語り合っている様子が写し出されている。

色褪せた一枚の写真。そこには、少年がカラスと向き合って、会話をしているような様子が写し出されている。ほのぼのとしていながらも、強烈なインパクトを持つ一枚である。これは、会員誌『シグネチャー』7月号の連載コラム「目利きが選ぶアレやコレ」で、“とっておきの一枚”というお題に、米田肇シェフが選んでくれたもの。写真についてのエピソードも大変興味深いものだったが、その写真の裏側にあったストーリーはさらに奥深く、誌面からこぼれ落ちた珠玉のストーリーをここにご紹介したい。

「幼い頃、家の前の空き地で僕とカラスが向き合って喋っていたところを、父がおもしろがって撮ってくれた写真です。連続したものが何枚かあるので、しばらく喋っていたのでしょうね。実はこの写真が、自分の料理の原点を思い出させてくれた一枚なんです」

エンジニアから料理人に転身という異色の経歴をもつ米田シェフ。2008年5月に自身のレストラン『Hajime RESTAURANT GASTRONOMIQUE OSAKA JAPON』をオープンし、開店から1年5ヵ月という当時ではミシュラン史上最速のスピードで三つ星を獲得した。以来ずっと世界が注目する料理人である。その米田シェフに「原点を思い出させてくれた」と言わしめる写真に、大いに興味が湧いてくる。

「自分の料理とは何かということを考え始めたのは、初めての店をオープンした年の暮れのことでした。当時は価格もリーズナブルで、週に2度、3度と通ってくださるお客様もいらっしゃったのですが、一度作った料理は作らないと決めていたので、次第にどうしたらいいのかわからなくなってしまったんですね。もう全部やっちゃったよと(笑)。そこでもう一度、自分の料理を見直してみようと10日間の休みをとり、フランスの知人の店で研修させてもらうことにしたんです。その最終日、私がどんな料理を作っているのか見せてみろと彼が言うので、当時SNSにたくさん投稿されていた私の料理の写真を見せたんですよ。そうしたら、「良くないよ。これはお前が習った料理をアレンジして出しているだけだ」と、一刀両断。その店の味を学ぶからこそ修業なのだという自分なりの意地もあり、なかば喧嘩腰で帰ってきたんですが、以来、その言葉が頭から離れなくなってしまいました」

日本人の自分がフランス料理を作れば、それはどうやっても結局は「誰かが考えた料理のアレンジ」ということになる。自分自身の料理とは何か?自分が美味しいと思う料理とは何か?ここから米田シェフの料理への飽くなき探求は始まった。

「それは、両親と共に食べてきた家庭料理なのか……。けれど家庭料理も、そしてさらに言えば日本料理についてもあまり知らないということに気づいたんですね。ならば一度日本料理を勉強してみようと。時間さえあれば京都の日本料理店に食べに出かけました。すると、次第に日本料理の奥深さに圧倒されるようになりました。フランス料理のように感性で芸術的に作るのがかっこいいと思っていたけど、日本料理の場合、今日は何の日だからこの器でこの料理、しつらえの花や掛け軸など、そこにあるものすべてに意味がある。禅宗についても徹底的に学んでみると、それも料理として表現されていることに気づいたんです。千利休がお茶という世界の完成度を上げていくと、料理もそれに影響を受けていく……。すごい世界だなと感じました」

探求を続けている間も店は繁忙を極め、三つ星を獲得したのもちょうどこの時期。順当に考えたならば、その味を守っていくのがレストランとしては“正しい手法”だったのかもしれない。だが、むしろ当初の目的を早々と成し遂げてしまったことで、米田シェフは料理への探究心を募らせていったのかもしれない。

「たとえば隣町に『千利休』という店があったとします。部屋の寸法から器のセレクトなど、すべてが完璧な美意識の中に成り立っていて、そこで緑の液体を飲むと宇宙を感じた、すごかった、ということになったとしても、私がその美意識を学んでも意味がないということに気がついたんです……。結局、千利休は自分が良いと思ったものを作っているだけだと。だったら、他人の美意識を学ぶのではなくて、自分が良いと思うものを作ればいいと。均一な学校教育を受けていると、美意識とは勉強するものと思ってしまう節があるけれど、元々持っている自分の感性こそが、美意識の原点。本当の芸術とは、周りが何と言おうと自分が信じることを表現するもの。そう考えるようになった時に、ようやく自分の料理が作れるようになったんです」

自然と一体化していた幼い頃。そこに自分の美意識があった

自分の料理が見えてきたその次に、米田シェフが考えたのは、“自分の美意識”とは何だろう?ということだった。その問いが湧き上がってきた時に米田シェフが思い出したのが、冒頭の“カラスと喋っていた頃の自分”だったのだという。

「実は僕、生き物がなぜか近寄ってくるというか、指を出せばトンボがとまってくるような、ちょっと変わったところがあるんですよ(笑)。幼い頃、住んでいたのが大阪と奈良と京都の県境という自然溢れる環境で、田んぼがあり、小川が流れて、野生の小動物も虫もいるようなところでした。川に半日ずっと浸かって遊んでいれば、どこに魚がいて、どこにザリガニが隠れているのかがわかってくる。森の中を走り回れば、虫の居場所もわかってくる。辺りの空気が白くなってくると雪の降る冬になり、水がぬるめば春になって一斉に植物が芽吹いてくる。当時は、自分と自然との間に境がなかったんですね。その世界がとても美しいと思っていたんです。私の美意識とは何かと突き詰めた時、それは自然と一体となっていたあの頃の感性だったという答えになりました」

自分の料理が作れると確信したのち、店名を現在の『HAJIME』に変更。

2012年5月、1日1回の営業とし、『HAJIME』と店名を改めた空間は、妥協なく自身の美意識を表現する場所となった。

「ミシュランにフランス料理をやめると言ったら、星を一つ落とされてしまったんですけれど(笑)。料理はそこからハッキリと変わりましたね。揺るぎなく、自分の料理が作れるようになったと思います」

シンプルな店内が、米田シェフの美意識が注ぎ込まれた料理を引き立てる。

その後の米田シェフの快進撃は止まらない。「The Best Chef Awards」に選出され、さらに世界を代表する100人のシェフ「100 chefs au monde」にも選ばれた。2017年には「農林水産大臣料理マスターズ」を受賞。2020年からは、JAXAの宇宙と食の未来を考える「SPACE FOODSPHERE」のメンバーとなり、異彩を放つ活動を展開している。カラスと語らい、トンボを指にとめるシェフが食を通じて切り拓いていく未来……。その世界にワクワクしてしまうのは、筆者だけではないだろう。

米田 肇(よねだ はじめ)

店舗情報
HAJIME

住所:大阪市西区江戸堀1-9-11 アイプラス江戸堀1階
TEL:06-6447-6688

  • 営業時間、定休日などは以下ウェブサイトをご確認ください。

https://www.hajime-artistes.com/

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