インタビュー

「奨学金バンク」が拓く未来
―企業・若者・社会をつなぐ奨学金返還支援―

写真・福田喜一 文・渡邊卓郎

Photographs by Kiichi FUKUDA Text by Takuro WATANABE

株式会社アクティブアンドカンパニー代表取締役社長である大野順也さん。

大学での学びを支える奨学金制度。しかしながら、その奨学金が若者にとって"ただの借金"となっている現実がある。こうした課題を社会全体で解決する仕組みを構築すべく、日本初となる奨学金返還支援を行う革新的なプラットフォームを立ち上げたのが、アクティブアンドカンパニー代表取締役社長の大野順也さんである。

奨学金制度の現状

現在、日本人の大学進学率は約60%に達し、その約半数の学生が奨学金を利用している。平均借入額はおよそ310万円、返済期間は約15年にも及ぶ。学費の高騰、大卒を前提とする採用条件が一般化しているにも関わらず、学歴が必ずしも高収入に結びつかないという現状がある。そのため、奨学金が「借金」として若者に重くのしかかっているのだ。

数字から見る奨学金と奨学金を取り巻く環境

「過去10年で学生の数は減少していますが、奨学金を借りる人はむしろ増加し、借入額も膨らんでいます。実際に、奨学金の総貸付残高はこの10年で約2兆円増え、いまや9兆5000億円にまで達しています。日本の若者は、借金をしないと社会に出られず、将来への希望を持つことが難しい状況に置かれているのです。これは重大な課題だと感じています。私たちは長年、組織人事の領域で事業を行ってきました。だからこそ、何か解決の糸口を見つけられるのではないかと考えました」

そう語る大野順也さんが2024年にスタートしたのが「奨学金バンク」。求職中かつ奨学金返還中の人材を企業に紹介し、成功報酬で得た紹介手数料の一部を奨学金の返還原資に充てるという画期的な仕組みである。企業にとっては人材獲得と定着が可能となり、当該人材にとっては経済的・心理的負担の軽減となる。

日本の奨学金制度は、グローバルに見ると発展途上である。たとえばオーストラリアでは、卒業後一定の収入を得てから返還を始める「出世払い」制度が整備されている。一方で日本では、大学在学中の支援はあっても、卒業後の返還に関しては個人の責任に委ねられたまま。結果、返還が困難になり、奨学金が自己破産の一因にもなり得るという深刻な現状がある。貸与時と比べて返還方法や支援制度が不十分であるという「出口の未整備」という構造的問題が露呈している。

「日本の大学は、入学前や在学中の支援には力を入れているのですが、卒業後の返還については触れないことが多い。大学と学生の関係が在学中で終わってしまい、その後は"個人の問題"として扱われることが、問題を加速させています」

学歴偏重社会と奨学金負担の悪循環

「私が最も問題視しているのは、企業が当然のように4年制大学卒を採用基準としている点です。求人広告を見ても大卒という条件が当たり前で、高卒や学歴不問と記されている職種は限られています。観光業や飲食業など、ヒューマンタッチの職種ではまだ見られますが、ホワイトカラー職になるとほぼ大卒が標準になっています。そうなると皆が大学に行く流れになり、結果として奨学金を借りて進学する若者が増えることになります。社会に出ても、その返還負担に見合う収入が得られないならば、奨学金はただの借金となってしまうのです」

こうした社会構造が、若者の経済的負担を助長している。大野さんは、企業が若手社員の奨学金返還を支援する「代理返還」制度に行き着いた。

「奨学金バンク」は、企業が奨学金返還を支援する仕組みを整えている。社員の経済的・心理的負担を軽減することで、積極的なチャレンジやライフステージの変化に対応できる環境を構築し、持続可能な就学・就職のサイクルを創出することを目的としている。サービスは三つ。奨学金を返還している方に特化した人材紹介サービス、企業が独自で行っている奨学金返還手続きのアウトソーシングサービス、そして参画企業のSDGsブランディング支援だ。

奨学金返還支援の仕組み

すでに150社以上が参画し、1500人を超える求職者が登録。奨学金返還支援を通じて、企業は人材確保と社会貢献を同時に実現することができ、社員自身も経済的・心理的負担が軽減されることから、将来への希望を持つことができるのだ。

「これはまさに"三方良し"の構造です。企業、社員、社会、それぞれに利益と希望をもたらすモデルだと確信しています。資本主義は基本的に一対一の関係性ですが、SDGsの考え方は三位一体、四位一体で豊かさを共有するもの。この取り組みのメリットは、現社員や今後入社してくる人だけでなく、その家族や周囲にも波及していくはずです。結果として、会社の存在意義も一段、二段と高まっていくと信じています」

より身近な支援の形としての寄付

「寄付というと、途上国の子どもたちへの支援や学校建設といったイメージが強いかもしれません。でも、私が強調したいのは、奨学金の問題はもっと身近にあるということです。一般的に、社員の1割から2割が奨学金を返済しながら働いています。つまり、すぐそばに支援を必要とする人がいるということなんです」

「奨学金バンク」では、法人・個人を問わず寄付を受け付けており、遺贈やインターネット決済といった方法も整備されている。集まった資金は全額、返還対象者に割り当てられる。

「奨学金支援は豊かな国づくりにもつながります」と語る大野さん。

「この仕組みの大きな意義は、寄付者が支援先を明確に理解できる点にあります。誰に届くのかが見えることで、支援の実感や意義がはっきりと感じられる。返還されたお金は奨学金制度を運営する団体に戻り、新たな借り手に提供されます。寄付は、借金に悩む人々を支援するだけでなく、将来の学費としても利用されるという、二重の効果を持ちます。たとえばそれが自社の社員かもしれませんし、将来の仲間かもしれない。そう考えると、すごく“手触り感”のある社会貢献になるんです」

若者の借金負担が軽くなれば、その分生活に余裕が生まれる。車を買おう、家を買おうという意欲も生まれる。消費が増えれば経済も活性化する。その先に「もっと頑張ろう」という前向きな循環が生まれると、大野さんは確信している。

「今の若者に"頑張ろう"と伝えても、"300万円の借金がある"という現実が立ちはだかる。それが200万円に減るだけでも、その一歩先の景色が変わるはずなのです」

「奨学金バンク」の挑戦は、単なる返還支援にとどまらない。人材育成と社会構造の課題を見据えた、国を豊かにするための大野さんの未来への提言でもあるのだ。


大野氏プロフィール

大野順也
Junya OHNO

株式会社アクティブアンドカンパニー代表取締役社長。1974年生まれ。大学卒業後、株式会社パソナ(現パソナグループ)に入社。後に、トーマツコンサルティング株式会社(現デロイトトーマツコンサルティング合同会社)にて、組織・人事戦略コンサルティングに従事し、2006年に株式会社アクティブアンドカンパニーを設立。


Information

株式会社 アクティブアンドカンパニー

東京都千代田区九段南 3-8-11 飛栄九段ビル5階
TEL 03-6231-9505
https://www.aand.co.jp

「奨学金バンク」寄付のお願い

「奨学金バンク」では、法人のみならず個人からの寄付も受けつけている。この取り組みを支援する人を増やすことで、奨学金返還の負担を軽減し、ライフスタイルの変化や新しい挑戦に積極的に取り組める社会が実現するのだ。寄付は、持続可能な支援エコシステムの構築に役立ち、若者たちの未来を支える重要な一助となる。寄付は、カード決済が可能。

寄付金の使い道

寄付は、以下のような若者のための奨学金返還支援資金として活用される。

  • ケース1:奨学金返還に不安を感じている学生
  • ケース2:奨学金が理由で、起業や勉学へのチャレンジ、結婚・出産などのライフステージの変化に積極的になれない方々
  • ケース3:奨学金返還の負担が大きいと感じている返還中の奨学生

奨学金返還期間の延伸

寄付金は、アクティブアンドカンパニーが支援している奨学生に対して諸条件に沿って均等に割り当てられる。奨学生に対して割り当てることで、奨学金の返還支援期間が延長される。

奨学金でパンクする人をゼロに

寄付に関して、使途が不透明だという声があるが、奨学金バンクの取り組みは、奨学金の返還に特化している。奨学金バンクに寄付をすることで、直接債務を抱える人々を支援し、返還されたお金は奨学金制度を運営する団体に戻り、新たな借り手に提供される。寄付は、借金に悩む人々を支援するだけでなく、将来の学費としても利用されるという、二重の効果を持っている。

〈奨学金バンク 寄付サイト〉
https://shogakukinbank.jp/donation/


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奨学金の代理返還を企業の力に変える、アクティブアンドカンパニーの大野順也氏へのインタビューをご紹介。