インタビュー
写真・斉藤有美 文・渡邊卓郎
Photographs by Yumi SAITO Text by Takuro WATANABE
「棚仕立て」で作られたKisvin Wineryのシャルドネ畑
山梨県甲州市、甲府盆地の東に広がるこの土地は、ブドウ栽培に古くから適した地として知られる。その歴史は約1,300年。明治時代になるとフランスでワイン造りを学んだ者が帰国し、日本初の民間ワイナリーが誕生したのもこの地だ。
ワイン造りの伝統が息づくこの土地で「世界に通じるワイン」を目指すのがKisvin Wineryだ。代表取締役の荻原康弘さんは、家業のブドウ農家を継いだ三代目である。
代表取締役の荻原康弘さん。
目指したのは栽培から醸造までを極めた世界一のワイナリー。だが、特に力を入れているピノ・ノワールに関しては、雨の多い日本ではブドウの生育期間(4月〜10月)に雨が多く、海外の栽培家からは「なんでそんな条件の悪いところで造るんだ」と言われるほど、ワイン用ブドウの栽培が難しい環境ではある。
だからこそ、誰よりも考え抜き、世界基準となっている栽培方法には固執せず、自らのアイデアを信じ、トライ&エラーを繰り返して毎年アップデートしている。
「3年前や5年前の自分がやったことを全否定したいんです」と語る荻原さん。常に過去のやり方を疑い、より良いものを目指して変化し続ける。過去に固執せず、常に進化し続ける姿勢こそが、Kisvin Wineryのアイデンティティだ。
醸造責任者の斎藤まゆさん。
「世界一を目指す」荻原さんのその志を共有する、醸造家の斎藤まゆさんとの出会いが、Kisvin Wineryの歴史を大きく動かした。
斎藤さんはカリフォルニアの大学でワイン醸造を学び、在学中から自身の経験をブログに綴っていた。そこには、発酵や酵母の管理といった技術的な視点だけでなく、ワイン造りの背景にある哲学や文化への洞察もあふれていた。
「当時、理想の醸造家を探していて、世界中のワイン醸造家の情報を1年半ほど追い続けていました。そこで見つけた斎藤さんの考え方に惹かれたんです」
荻原さんは語る。2008年のこと、まだワイナリー設立すら定まらない時期に、荻原さんは斎藤さんに会うためカリフォルニアへ飛んだ。
斎藤さんにとって初対面の荻原さんの印象は、必ずしも良いものではなかったという。「突然『会いたいんですけど』っていうメールが荻原さんから届いたんです。そして、初対面の時は、挨拶もそこそこに自作のワインを差し出して、一方的に話を始める感じでしたから、少しの不安はありました。でも、ワイナリーに落ちている枝を見て『こういう理由で切り落としたのか』と分析したり、ものすごい洞察力で畑を見ていたことに驚きました」と斎藤さんは荻原さんと出会った当時のことを思い出す。
日本に戻り、荻原さんのワイン畑を一緒に歩くと、葉の一枚一枚や枝の剪定跡に込められた意図を知り、荻原さんが夢想家ではなく、畑そのものと対話する真摯な実践者であることを悟ったそうだ。
「この人となら、本当にいいものを目指せるかもしれない」。斎藤さんの心にそう確信が芽生えた瞬間だった。
収穫期を間近に迎えたシャルドネ。
荻原さんがKisvin Winery設立の準備をしている間、フランスで働く機会を得た斎藤さん。自らの技術をさらに磨き、世界基準の醸造を身につけるため、ブルゴーニュ地方のワイナリーへと向かったのである。
当初、受け入れ先は斎藤さんの実力に対して半信半疑で「9月から10月の繁忙期の手伝いだけなら」という条件だった。任されたのはタンク洗いや収穫といった雑務。斎藤さんはそれでも「誰よりも働く」と心に決めたという。
だが、そのワイナリーで思わぬ叱責を受ける。「給料はいりません」とオーナーに申し出たとき、こう返されたのだ。「自分のことをプロフェッショナルだと思うなら、対価を求めなければなりません」と。
その言葉は斎藤さんを奮い立たせた。以降、人が気づかない仕事を先回りし、現場を乱さぬよう立ち回った。徐々に「彼女がいると現場が回る」と認められ、仕込みの時期の終わりには「もう1年残ってほしい」と請われるようになった。
さらに紹介を受け、同じくブルゴーニュのピノ・ノワールを扱うワイナリーでも働くことになった斎藤さん。フランスで計2年にわたり、栽培と醸造を体得した。
修業時代を象徴する出来事がある。オーナー夫妻の家に住み込みで働いていたが、最初は「見知らぬ見習い生」に過ぎなかったこともあり、食卓に並ぶのは安価なワインばかりだった。だが努力を重ねて信頼を得たある日、オーナーが自宅敷地内にある地下室へと連れて行ってくれたのだ。長い廊下の両脇には、世代を超えて受け継がれたワインが並ぶ巨大なセラーが広がっていた。
「君を認めた」という無言のメッセージ。その瞬間、斎藤さんはワイン造りとは技術だけではなく、文化であり、誇りそのものであることを理解したのだ。
「悔しい思いもたくさんしましたが、努力で勝ち取った信頼があってこそ、今の自分があります」と斎藤さんは語る。フランスでの代え難い経験は、Kisvinのワインに深みを与えているのだ。
2012年、ワイナリー建設の工事が始まる頃、斎藤さんは日本に戻った。そして、2013年にKisvin Wineryが誕生。本格的にワイン造りが始まった。
Kisvin Wineryは「日本ワイン発祥の地」、山梨県甲州市にある。
Kisvin Wineryが世に羽ばたくうえで、欠かせないパートナーがいる。千葉の酒販店『IMADEYA』のバイヤー・小山良太さんだ。
ワイナリー設立以前、とあるワイナリーを介して荻原さんを紹介された小山さんは、甲州市の畑を訪れた。その時の印象を、今でも鮮明に覚えているという。
「畑で迎えてくれた荻原さんは、第一印象から圧倒的なエネルギーを放っていました。この人なら日本ワインを畑から変えてしまうかもしれない、と直感しました」と小山さんは当時を振り返る。
現在の年間生産本数は約2万本 。生産本数の多寡よりも、ブドウ栽培のレベルこそが重要だと考える。
二人のその日の議論は、まだ日本で知られていなかったブドウ品種の可能性にまで及んだ。未来を覗いているかのような刺激的な時間に、気づけば夜は更け、暗闇の畑でなお語り合いが続いた。
小山さんは語る。
「荻原さんの口ぐせは『今日の成功は明日には古い』。その通りで、Kisvin Wineryのワインは毎年進化を遂げています。畑のレベルが非常に高いため、誤魔化しのない透明感と芯のある味わいになる。さらに、チームが互いを尊重しつつ妥協しない議論を交わすことで、唯一無二のワインが産まれています」
『IMADEYA』はその後もKisvin Wineryの主要な販売パートナーとなり、多くの顧客にその魅力を伝えてきた。互いの哲学を理解し合う同志のような関係といえるだろう。
Kisvinシャルドネレゼルヴ 2023(右)、Kisvinピノノワール 2022(左)。
2025年秋、Kisvin Wineryはダイナースクラブとの初のコラボレーションワインを発表する。このプロジェクトは、ダイナースクラブが掲げた「会員に素晴らしい日本ワインを紹介したい」という願いに、Kisvin Wineryが応えたものだ。リリースされるのは「Kisvin シャルドネレゼルヴ 2023(白)」と「Kisvin ピノノワール 2022(赤)」の二種。いずれも「ふるさと ときめき プロジェクト」コラボラベルをまとい、ワイナリー設立から10年の歩みと未来への想いを映し出す。
「ワインって、自分の命以上に生きることができる飲み物なんです。そこにみなさんがロマンを感じるのでしょうね」
斎藤さんの言葉は、ワインが嗜好品だけという存在ではなく、文化であり芸術であることを物語る。
荻原さんは言う。「世界一になるには、誰もやっていないことをやらなければならない。誰かの真似ではなく、真似される存在に」。
その挑戦の先に見据えるのは、日本ワインの進化、そして、農業と文化の継承である。
山梨の畑から世界へ。斎藤さんがカリフォルニアで体得した醸造技術とフランスで得た文化の厚み、荻原さんが築いたブドウ栽培の哲学、そして小山さんら支援者との出会い。それらが重なり合い、Kisvin Wineryは唯一無二の存在として輝きを放っている。
ダイナースクラブロゴおよび「ふるさと ときめき プロジェクト」ロゴを施して販売。
限定100セット(2本入り)「Kisvin シャルドネレゼルヴ 2023」と「Kisvin ピノノワール 2022」 49,500円(税込)
Information
Kisvin Winery
http://www.kisvin.co.jp/
山梨県甲州市塩山千野474
TEL:0553-32-0003
株式会社いまでや
https://imadeya.co.jp/
TEL:0570-015-111
2025/11/04 Interview
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「世界に通じるワイン」を目指すKisvin Winery。栽培家・荻原氏と醸造家・斎藤氏にお話を伺いました。