インタビュー
写真・永田忠彦 文・渋谷ヤスヒト
Photographs by Tadahiko NAGATA
Text by Yasuhito SHIBUYA
キーコーヒー本社のトンコナン(インドネシアの伝統家屋)の模型の前で
「誰もがコーヒーを楽しめる世界、そしておいしいコーヒーに出会う感動を絶えず提供していくために挑戦を続けたい」と語る、キーコーヒーの柴田裕社長。
キーコーヒーは1920年(大正9年)に氏の祖父である柴田文次氏が創業。大正から昭和、平成、そして現在まで、日本のコーヒー文化をリードしてきた日本を代表する総合コーヒーメーカーだ。柴田氏は2002年に社長に就任。2020年8月に同社は創業100周年を迎えた。
「日本でコーヒーが身近に感じられるようになったいま、今度はその存在を守り繋ぐこと、そして日本だけでなく世界中に感動を与える、さらなる一杯を追い求めてゆくことが、私たちの次なる使命です」
現在「珈琲とKISSAのサステナブルカンパニー」というスローガンを掲げて、珈琲文化の継承・発展と、持続可能なコーヒー生産の実現に取り組んでいる。あらゆるモノやコトのサステナブル化は世界全体の課題であり目標だが、これほど明確に掲げている企業はそれほど多くはない。
キーコーヒーは、驚くべきことにほぼ半世紀前の1973年、氏の父である柴田博一氏が代表取締役社長の時代から、持続可能なコーヒー生産の実現に取り組んできた。
インドネシア・スラウェシ島の農園と雲海(写真提供・キーコーヒー)
こうした活動の象徴が当時「幻のコーヒー」といわれた、インドネシア・スラウェシ島で栽培されていた貴重なコーヒー「トアルコ トラジャ」。その再生・復活事業だ。
「まだ大学生の時、父とトアルコ トラジャの生産地であるスラウェシ島と直営農園を初めて訪ねました。現地の山小屋に泊まったときのことを、今も鮮明に覚えています」と柴田社長は語る。
トアルコ トラジャは当時も今も、優れた品質で別格の希少な存在。オランダ王国御用達の最高級品として珍重され「セレベス(スラウェシのオランダでの呼び名)の名品」と呼ばれた。しかし、第二次世界大戦でスラウェシ島も戦場となり、大戦後に「幻のコーヒー」となっていた。
1970年にキーコーヒーの前身、木村コーヒーの社長となった柴田社長の父、柴田博一氏は1973年にスラウェシ島にひとりの役員を派遣して調査を決行。そしてトアルコ トラジャを復活させる事業に取り組んだ。
農園で摘まれる完熟したコーヒーチェリー(写真提供・キーコーヒー)
「農園は高地にあるので、島の港町からかなりの距離がある。しかも農園までの道がない。また地元の人には『会社』という概念も理解してもらえなかったと聞いています」
キーコーヒーは1976年に現地法人トアルコ・ジャヤ社を設立。高地にある農園までの道を切り開き、荒れ果てた農園を整備。さらに直営以外の周辺の農園が生産する生豆も買い取るなどの取り組みを行った。
そして最初の調査からわずか5年後の1978年には「トアルコ トラジャコーヒー」の商品名で発売するまでにこぎつけた。
トアルコ トラジャのコーヒー豆として認められ、収穫されるのは真っ赤に完熟したコーヒ豆(コーヒーチェリー)のみ。
すべてハンドピック(手摘み)で、味の劣化を招く欠点のある豆を徹底的に取り除いて焙煎、カップテストという厳しい品質チェックを経たコーヒー豆は、品質保持のためにリーファー(定温)コンテナに積まれて日本に届けられる。
「私たちキーコーヒーが現地の人々と運営する直営のパダマラン農園は、面積530ヘクタール。コーヒーの木約35万本が栽培され、約500人の人たちが働いています」
農園では「3つのP」を大切にされている。1つめのPが、現地の生物自然環境との共生を考えた「プロダクション」。共生植物を植えて土壌を守るなどの取り組みを実施。さらにコーヒー豆の加工後に出る果肉を堆肥に利用した循環農法を採用している。
続いて2つめのPが「ピープル」、つまり周辺の農家や仲買人、現地の人々との共生だ。トアルコ トラジャの生産量のうち、直営農園で生産量は約20%。それ以外の約80%は周辺の農家での生産だ。そこでキーコーヒーは直営農園で栽培したコーヒーの苗木や栽培のノウハウを無償提供している。
そして3つめのPが、地域や地元政府、現地の学術機関との「パートナーシップ」だ。
「当時から私たちは長期的な視点で、生産地と一緒に生産地を盛り上げて、生産地の人々と共に発展していこうという考えの下、このトアルコ トラジャ事業を続けてきました」
来年2023年は、トアルコ トラジャコーヒーの発売から45周年。
つまりキーコーヒーは半世紀も前から、単なる営利事業ではなく、自然保護、環境保護から地元生産者の生活向上、地域社会の経済発展まですべてを考慮したサステナビリティな視点でこの事業を続けてきたのだ。
日本におけるシングルオリジンコーヒーの草分けであるトアルコ トラジャコーヒー。その味の素晴らしさはもちろん、その背景にある、半世紀も時代に先駆けたキーコーヒーの先見性と先進性は、あらゆる人々がそれぞれの立場でサステナビリティの向上に取り組む今、コーヒーの名前と共にもっと知られ、評価されていいだろう。
約半世紀も前から、インドネシアのスラウェシ島で持続可能なかたちでトアルコ トラジャコーヒーの生産に取り組んできたキーコーヒー。
だが単に気温の上昇だけではなく、湿度の上昇や降雨量の減少などの異常気象などさまざまかたちで地球温暖化の問題が深刻化する中、農作物であるコーヒーとその生産地にも影響がある。
コーヒーの栽培地は、赤道を中心した北緯25度から南緯25度の地域、いわゆるコーヒーベルト地帯に限定されている。
そしておいしいコーヒーには欠かせないアラビカ種の良質なコーヒー豆はこのエリアの高地、寒暖差の大きな場所で生産される。だが温暖化が進めばアラビカ種が育つエリアは減り、生産されるコーヒーの質も低下する。
非営利の国際的な研究機関ワールド・コーヒー・リサーチ(WCR)はこのまま地球温暖化が進むとアラビカ種のコーヒーの木が栽培できる地域は現在の約50%に減少すると警鐘を鳴らしている。これが「コーヒーの2050年問題」だ。
パダマラン農園(写真提供・キーコーヒー)
しかもこうした危機的な状況なのに、世界のコーヒー需要は右肩上がり。すでに良質のコーヒー豆は奪い合いの状態。地球温暖化の影響が予測より少なくて済んだとしても、美味しいコーヒーを飲みたくても飲めない状況に陥る可能性も高まっている。
「私たちキーコーヒーはこの問題を解決するために、2016年4月からWRCと協業し当社直営のパダマラン農園の一角で世界各地が原産のコーヒーの苗木を地球温暖化による気候変動にも対応できるコーヒーの発掘に取り組んでいます」
キーコーヒーは日本を代表する総合コーヒーメーカーとして、このようにコーヒーの世界的な危機の解決にも取り組んでいるのだ。
さらにキーコーヒーは「誰もがおいしいコーヒーを楽しめる世界」を実現するために、美味しいコーヒーをドリップするためのオリジナルプロダクト、イタリア語で「私たち」を意味する「Noi(ノイ)」を開発。その発売をスタートさせている。
美味しいコーヒーを淹れるために開発された円すい形状のNoiクリスタルドリッパー。
お湯がまっすぐ落ちずに、ジグザグと流れながら落ちていくダイヤカット形状のクリスタルドリッパー。ドリップの際、狙ったところに細くゆっくりとお湯を注ぐことができる、ドリップマスターケトル。ガラスの約150倍の強度を誇るポリカーボネート製で保温性が高くコーヒーが冷めにくく、おいしさが長続きするグラブサーバー。
どんなインテリアにも溶け込む、ひと目見た瞬間に、オリジナリティを感じる美しいカタチ。特別な知識や技術がなくても、誰もが簡単においしいコーヒーをいれられる優れた機能を実現している。
これを手に入れれば、あなたのコーヒーライフが今より素晴らしいものになることは間違いない。
柴田氏プロフィール
キーコーヒー株式会社 代表取締役社長
柴田 裕
Yutaka SHIBATA
1964年横浜市生まれ。大正9年(1920年)、初代がコーヒー商として創業以来、2020年に創業100周年を迎えた『キーコーヒー株式会社』の3代目。1987年入社。きっかけは、先代とともに訪れていたインドネシア・スラウェシ島のトアルコトラジャを生産する農園の視察だったという。2002年より現職。
お問い合わせ
キーコーヒー株式会社
フリーダイヤル:0120-192008
(平日 10:00〜16:00 土・日・祝休)
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