インタビュー
写真・三田村優 文・小倉理加
Photographs by Yu MITAMURA
Text by Rica OGURA
マリー・ローランサン《マンティラの女性》油彩8号、46×38cmの前に立つ翠波画廊オーナーの髙橋芳郎氏。
コロナ禍の影響により、自宅で過ごす時間が増えたことが呼び水となり空前のアートブームを迎えた日本。だが、どこで、何を購入したらよいか迷っている人も多いのではないだろうか。そんな方たちにおすすめしたいのが、東京・京橋にある『翠波画廊』だ。目利きのアートコレクターはもちろん、初心者も満足のいく作品選びができると評判が高い。多くの人が認める、この画廊の魅力は、幅広いセレクションだという。
「印象派以降のエコール・ド・パリを中心に、現在フランスで活躍する作家を中心に扱っているのが特徴です。加えて、最近ではトレンドの現代アートも厳選して取り入れるようになりました。価格も、10万円程度から数千万円におよぶものまで用意しているので、初めてアートを購入する方にも気軽に訪れていただけると思います」。そう教えてくれたのは、オーナーの髙橋芳郎氏である。
エコール・ド・パリは、最初に勤めていた画廊との縁が繋いだ。その会社で3年実績を積んだ後、1990年に28歳で自身の会社『ブリュッケ』を立ち上げる。主に、百貨店との取引を中心に活動し、2001年に現在の東京・京橋に『翠波画廊』をオープンした。
「活動をする中で増えた在庫作品を、百貨店の展示会がない時期でも寝かせることなく販売機会を持てればと思い画廊のオープンに至りました。画廊の名前は、故郷の四国・愛媛の秀峰にあやかってつけました」
コツコツと積み上げた30年余にわたる実績が功を奏し、現在では5000名ほどの有力な顧客名簿ができるまでに成長しているそうだ。
20世紀の巨匠から現代作家まで多様なバリエーションが魅力の翠波画廊。
「アートは信頼関係が大切」と髙橋氏は言う。それは、購入する人との関係もしかり、また作家との関係もしかり。画商は、その架け橋となるため、もっとも重要な鍵を握る存在ともいえる。
「28歳で独立してから、とにかくまめに動き回って人脈を築きました。とくにフランスへは、よく足を運んでいます。私たちは、セカンダリーの作品(以前に所有していた人がいる作品)も扱っていますが、物故作家の場合には鑑定家の第一人者、現代作品なら作家本人に真贋を見極めてもらうようにしています」
そこから、新たな縁が生まれることもある。専属作家の発掘である。
「最近、専属作家に加わったセネガル出身のドウツは、モーリス・ユトリロ協会の代表であるエレーヌさんから紹介いただきました。若手作家を探しているという相談を持ちかけたところ、面白い作家がいると紹介されたのです。初めて目にしたときに、色彩の美しさ、日本人にはない独特の感性に惹きつけられました。直感だったといってもいいかもしれません。私にとって、絵は見て楽しい、ワクワクするものだと思うのですが、まさにそれを感じさせてくれる作品でした。最初のうちは、日本がどういう国かもあまり知らない彼とコミュニケーションを取るのはなかなか難しいこともありましたが、今では積極的に作品を提供してくれるほどになり、2020年には74点、2021年83点と好調に売れています。」
現在、翠波画廊では、フランスを代表する風景画家ギィ・デサップ、オランダ出身のハンス・イヌメなど数名の専属画家を抱えるが、新たな創造をするという画商の使命としても、専属作家は今後も増やしていきたいそうだ。
海外人気作家の一人、ジェームス・リジィの3Dシルクスクリーン作品、《ジェリー・ビーン》1989年、7.3x13.3cm(350部限定)
つねに、アートの新たな価値観について模索する髙橋氏。コロナ禍を境に、大きな変化が見られるようになったと語る。
「高額商品が動くようになりました。私たちの画廊でも、お取引のある百貨店でも、1千万円を超える販売数が圧倒的に増えましたね。投資目的で購入する人が増えたというほうがわかりやすいかもしれません。アートは、社会との関わりの中で価値観が成立する文化なので、ある意味での金余り現象が美術界にも波及した結果のようです」
顕著なのが新興の富裕層の参入だ。髙橋氏は、新しい人たち、若い人たちがアートに関心を持ってもらえるのは嬉しいことながら、最近の購入選定の基準については、寂しく思うところもあるとも感じている。
「少し前までは、経済的に豊かになってから、晩年に最後のお買い物としてアートを購入する方がほとんどでした。最近は、美術品を株式と同じように捉えている人が増えたように感じます。そういった人たちは、メディアなどの情報に敏感に反応して話題の作品、後に価格が高騰しそうな作品を選定しているようです。しかし、本来アートは自分の内面と向き合って、感性や好みに合ったものに出合ったときのほうが幸せも大きいはず。ぜひ、そういった目線も忘れないでほしいですね」
髙橋氏が語る、自身の感性を大切にした情緒的なアートとの出合い。それは、髙橋氏が創造者の立場にいたことがあるからこそ、強く感じるのかもしれない。
「もともとは、彫刻家を目指して、多摩美術大学の彫刻科で学びました。当時は、アメリカのポップアートが日本に紹介されはじめた現代アートの黎明期。そこで、彫刻で現代アートの創作を目指しました。卒業後には、現代アートに特化した専門学校で学びもしましたが、三度のご飯より制作が好きというほどの情熱が持てなかったため、同じアートでも伝える側にシフトしました」
その経験から、髙橋氏は彫刻と絵画に関して、独自の違いを見出している。
「どちらも視覚芸術でくくられますが、大きな違いがあると思っています。絵画はイリュージョンで、自分の想像を楽しむ世界。実際に触れることができる彫刻はリアルな世界だと思います。よく喩えるのですが、絵画の好きな人は遠距離恋愛ができるけれど、彫刻好きな人には向いていないと(笑)。彫刻作品を好む人は、愛する人にはいつもそばにいて触れていたいという感覚が強い人が多いようです」
こういった視点で購入する作品を選んでみるのも一興だ。
猫好きにはたまらない、西誠人(にし まこと・1955年〜)のキャット・カーヴィング作品、《密楽園》木彫、22×25×13cm/芥川賞作家・小川洋子著『人質の朗読会』のカバーにもなった彫刻家・土屋仁応(つちや よしまさ・1977年〜)の彩色木彫《小鹿 “Fawn”》(個人蔵・非売品)
アートに関する著書を持つ髙橋氏。アートの醍醐味は何か?という問いかけをされることも多いそうだ。
「そういうときに思い出すのが、ある本で目にした、アメリカの資産家であったアンドリュー・メロン氏の話です。彼は、1958年サザビーズのオークションで、当時としては破格の数億円もの大金でセザンヌの『赤いチョッキの少年』を落札します。その後あまりに高額ではないかとのマスコミのインタビューに答えて、『その絵の前にいられるなら、お金がなんだっていうのでしょうか』と答えたというのです。マズローの「5大欲求段階説」でいくと、最後に行き着く欲求は自己実現だそうですが、その一つとして、自分が憧れていた名画を手に入れることは、自己実現に近いものなのではないかと思うんです」
この話は、究極の醍醐味としても、一点のアートは確実に人生を豊かにしてくれると髙橋氏は続ける。
「アートって、本当にいいものなんですよ。一枚の絵画を自宅に掛けるだけで、一瞬でその場が華やかになる。食卓に一輪の花を飾るのと同じです。最初は入門編として、お気に入りの一枚を手に入れて、気軽に飾ることから始めてみると、その楽しさがよくわかると思います。オフィスに飾れば、会社の顔になりますし、病院に飾った結果、場が和み、患者さんとの会話も弾むようになったという声をいただいたこともあります」
翠波画廊には、アートコンシェルジュが常駐するので、センスに自信がない人も予算を伝えて一緒に選んでもらえる体制が整っている。アート業界で最初にホームページを作成したと自負する髙橋氏が、ていねいに作成する公式サイトもわかりやすく、取扱作家や顧客の声などコンテンツも充実しているので、一度目にしてみるのもよいかもしれない。
藤田嗣治《裁縫道具のある静物》(1929年、油彩、16×22cm)※東京美術倶楽部鑑定書付き
昨年より、ダイナースクラブ会員向けにも貴重なアート作品を紹介している。
話題のバンクシー(すでに完売)に始まり、20世紀の美術史に名を残したレオナール・フジタ(藤田嗣治)の油彩や復刻版画も注目を集めた。今後は先にあげた専属画家のドウツの紹介も予定している。
「とくにフジタ作品は、弊社のオリジナルのリトグラフです。フジタ作品における第一人者である鑑定家のシルヴィさん監修のもとで、パリで制作しています。贋作も多いフジタの作品を売り買いするためには彼女の鑑定書が必要となります。複製版画の場合、印刷物を見て制作する人もいますが、彼女は実物と見比べながらでないと制作しません。たまたま、私の画廊が本物を手にしていたことがあった経緯で、作ることができたものです。制作したモンパルナスのイデム工房は、過去にピカソやシャガールが利用していた歴史ある工房です。色の再現性に優れていて、よい職人が働いている。絵の具の耐久性にもこだわり、経年変化によって退色しない絵の具を研究しているので、鮮やかな色が長持ちするのも特徴です。画廊の仕事は、売った作品に後々まで責任を負うことですので、こだわり抜いています」
前出のフジタのリトグラフ作品は、現在翠波画廊にて販売中だ。他にも、フジタ生前に制作されたオリジナル版画や、貴重な油彩、素描などの肉筆作品も取り揃えている。
髙橋氏は、こう締めくくった。「フジタは、生きざまも魅力的です。当時、日本人でパリの画壇で成功した人がいない中、孤軍奮闘し、世界的画家の地位を確立したところに感銘を受けます。作品を選ぶ際には、そういった作家本人の歴史や、その背景にある物語にもぜひ心を配ってみてください」
髙橋氏プロフィール
株式会社ブリュッケ代表取締役/翠波画廊オーナー
髙橋芳郎
Yoshiro TAKAHASHI
1961年生まれ。東京・銀座で30年余の長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサンらエコール・ド・パリの巨匠の作品を数多く扱う。著書に『「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画』(幻冬舎)など。
Information
「美術市場を賑わせる 現代アート展」が開催
会期:2022年3月30日(水)~4月16日(土)10:00~18:00(日・祝休)
会場:翠波画廊(東京都中央区京橋3-6-12 正栄ビル1F)
出品予定作家:ウォーホル、バスキア、キース・へリング、バンクシー、カウズ、草間彌生、奈良美智ほか
www.diners.co.jp/pvt → 優待・サービス → エンタテイメント → カルチャー →
翠波画廊
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