インタビュー

日本の空の風景を変える、
移動の新たな価値観

写真・永田忠彦 文・渡邊卓郎

Photographs by Tadahiko NAGATA

Text by Takuro WATANABE

ヘリコプター手配サービスZ-Legの発案者である川崎重工の堀井知弘さん。

「タクシーのようにヘリコプターを利用することができたら……」。そう考えたことがある人は少なくないだろう。出張や旅先で最寄りの空港に着いたはいいが、最終目的地までのアクセスの悪さや距離に愕然とする。交通網が発達した日本においても、空路や鉄道のアクセスが悪いエリアは多く存在する。そんな時に“ヘリコプター”という選択肢があれば、移動の価値観は大きく変わるだろう。そんな願いを叶えるようなサービスが始まった。日本のヘリコプター製造においてトップシェアを誇る、川崎重工によるヘリコプター手配サービス「Z-Leg(ゼータ・レグ)」だ。

ヘリコプターの平均稼働時間は、1機につき1日1時間を切るという現状

「日本では現在31社が事業用ヘリコプターを保有し、420機のヘリコプターがあります。それがどれくらい稼働しているかというと、1日平均1時間を切るというデータがあります。それを見た時に、稼働していないヘリコプターをもっと有効利用できないものかと考え、ヘリコプターの手配サービスが頭に浮かびました」

Z-Legの発案者である川崎重工の堀井知弘さんがヘリコプターの手配サービスを思いついた背景には、2018年に社内プロジェクトである航空宇宙システムカンパニーの新規事業検討会に参加したことがきっかけだった。

そこでは空飛ぶクルマの開発の話も出たというが、まだ少し飛躍した発想だったため、現時点で空飛ぶクルマに一番近い存在としてヘリコプターに注目したのだ。日本におけるヘリコプターの事業別稼働実績データ(2021年度)を見ると、遊覧や貸切飛行、そして撮影や報道取材でヘリコプターは利用され、そのすべての用途を合計すると年間で65,240時間37分の稼働、これを1機あたりで計算すると、平均して1日1時間に満たない数字にとどまっていることがわかった。こんなに稼働していないのなら、もっと有効活用できるに違いないと……。

近い将来にやって来る空飛ぶクルマの時代にも、ヘリコプター手配サービスの仕組みが活かされることを視野に入れて前に進み出した堀井さんだが、前例のないサービスの実現には解決しなくてはならない課題が山積みだったという。

まずは自社で新たに旅行業の免許を取得するための社内調整が必要だった。理解を得るためにおおいに夢を語り、想いを伝えた。そして提携する航空運送事業者、離着陸場となるへリポート、ヘリコプターから先の移動を担う道路運送事業者との調整、国や自治体との交渉など、数多くの困難があったが、一つずつクリアしていった。また、国際線が発着する空港や大手旅行代理店の協力を得て、訪日旅行客へのアンケートを実施。すると、電車や飛行機より高い金額を払ってでも、早く楽に移動したいという声が多いことがわかったという。こうした地道な作業を経て、事業の方向性を明確なものにしていった。

そして、その甲斐あって、ヘリコプターを保有する航空運送事業者8社と、35都道府県の道路運送事業者の協力のもと、プロジェクトが動き出した。「乗り超えるものが多くて、喋るのがうまくなりましたよ(笑)。これから先も困難はあります。でも、楽しいという気持ちを優先させたいですね。ヘリコプターをタクシーのように手配できる、この感覚を全国に広めたいんです」と堀井さんは語る。

一番大切にしているのは安全性

Z-Legで使用するヘリコプターは不具合時でも離着陸場まで安全に飛行が継続できる双発(エンジンが2つのもの)ヘリコプター。例えば東京~草津温泉の移動時間は約50分程度。

実証試験を経てサービスが開始されたが、もちろん課題はある。その一つが利用料。現状では、8人乗りのヘリコプターだと1時間で約100万円という金額になってしまうそうだ。

「最初はごく一部の方々にしか乗っていただけないとは思います。ですが、100年前の日本に車が登場した時も、誰が乗るんだ?となっていたと思うんです。仕組みをつくっていき、1日1時間しか飛んでいないものが1日に3回、4回と飛び、利用者が増えれば料金は下がっていきます。現時点では確かに高額にはなりますが、安全性を第一に考えていますので、値段を下げることはしません」。値段よりも安全面を考慮して、Z-Legではエンジンが1つの単発ヘリコプターよりも、より安全な飛行が継続できる双発ヘリコプター(エンジンが2つのもの)を使用していくという。

もう一つの課題に、ヘリコプターの騒音問題がある。
「乗る人と乗らない人によってヘリコプターに対するイメージは大きく変わります。はじめは移動手段としての利便性や遊休ヘリの有効活用としてのスタートですが、活用が進んでいくことで、災害時に救急車では間に合わない、行けないところに飛ぶヘリコプターという選択が加わったり、身体が不自由な人の移動の助けになるかもしれません。ヘリコプター利用が一般化することで、これまでネガティブに捉えられてきた騒音問題なども払拭できるのではと考えています。常に課題は大きいのですが、近道をするつもりはありません。安全性を第一に考え、ルールにのっとって着実に進めないと意味がないと思っています」

ヘリコプター利用が一般化することで変わる未来

熱心にインタビューに答える堀井さん。「セーフティ」「ダイレクト」の頭文字を取っているZ-Leg。Z(ゼータ)軸のLeg(航路)の最大効果の提供を目指す。

今年の3月にサービスをローンチしたZ-Leg。現在は電話による申し込みとなっているが、手配アプリも開発中。今後イメージしている未来は、レジャーやビジネスシーンでの利用はもちろんだが、病院への通院や通勤・通学など、あくまでも個人で利用されることで、地域課題の解決手段となることも目指している。

その中で、国立公園オフィシャルパートナーとしての活動もあるという。
「日本の観光地は、陸路では時間がかかる国立公園内に所在するところも多いですが、国土交通省の調査研究で、要介護者が旅行に出かけない理由には、目的地までの移動が大変だという理由が多いのです。そういった方々にヘリコプターを利用していただければ、ご自身はもとより、家族の負担が軽減されます。そして、先ほども言いましたが、需要が増えれば料金も抑えることができます」

私たちが移動について考えるとき、一部の人を除いては、ヘリコプターという選択はあまりなかった。だが、Z-Legのサービスが浸透していくことで、移動の選択肢がもう一つ増えることになる。これは大きな一歩なのだろう。5年後、10年後には、間違いなく日本の空の景色が変わっているはずだ。

©2023朝日航洋株式会社
※ 画像はイメージです。

「10年後に空をヘリコプターが埋め尽くすようになっている、とまでは言いません。でも今の7〜8倍くらいの数のヘリコプターが空を行き来するようになったらいいですね。ヘリコプターという選択肢が移動のスタンダードになってくれたらいいなと願っています」


堀井氏プロフィール

堀井 知弘
川崎重工業株式会社
航空宇宙システムカンパニー

2002年入社。学生時代に培ったエネルギープラントの知識を活かしたいと望みながらも、航空機事業への憧れもあり、いずれも両立できる場所として川崎重工へ。火力発電所や誘導機器の設計開発を経て、航空宇宙システムカンパニー内の新規事業検討会に参加したことをきっかけに、ヘリ手配サービスの立ち上げに挑戦。


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ヘリコプター手配サービスZ-Legの発案者である川崎重工の堀井知弘氏へのインタビューをご紹介。