インタビュー

地の恵みと湯のぬくもり
箱根湯の花プリンスホテルが目指すスマートリゾート

写真・福田喜一 文・渡邊卓郎

Photographs by Kiichi FUKUDA Text by Takuro WATANABE

「箱根湯の花プリンスホテル」支配人 笹尾雅洋氏

箱根十七湯の中でも珍しい乳白色の温泉が湧き出る、標高935メートルの高地に佇む『箱根湯の花プリンスホテル』。この地が育んできた豊かな自然の恵みに感謝を込めて、ホテルは今春、大規模なリニューアルを果たした。地熱という地中の恵みに焦点を当てた同ホテルの挑戦は、持続可能な未来を見据えた宿のあり方を問い直す、壮大なビジョンへとつながっている。

箱根でも稀少な乳白色の湯が湧き出る自家源泉の湯を利用した露天風呂。朝昼夕、それぞれの時間帯で異なる表情になる。©2025箱根湯の花プリンスホテル

箱根の自然と調和する、至福の露天風呂

「大いなる自然の恵みに感謝をし、地中から噴きあがる蒸気を有効かつ大切に使わせていただきたいと思っています」。『箱根湯の花プリンスホテル』支配人の笹尾雅洋さんはそう語る。
今回のリニューアルにおいて、特に力を注いだのが大浴場の改修だ。「野趣あふれる石で作られ、箱根の自然に溶け込むような露天風呂を堪能いただきたいですね」と笹尾支配人。女性用の浴槽は従来比で約1.6倍に拡張され、男女ともに同じ広さを誇る露天風呂からは、夜空に広がる星のきらめきを楽しむことができる。
周囲には四季折々の趣を感じさせる木々が配され、春はさくらやしゃくなげ、夏は瑞々しい新緑、秋は紅葉、冬は雪景色が楽しめるように植栽を行い、一年を通じて移ろう自然の美と湯浴みの時間が静かに調和する空間へと仕立てられている。

蒸気井(地熱蒸気の井戸)から勢いよく湯煙が上がる。孔底300メートルから噴出する130℃の蒸気を、蒸気井を通して湯畑で沢水と掛け合わせることで60℃の温泉を造成する。©2025箱根湯の花プリンスホテル

地熱の恵みを未来へつなぐ、バイナリー発電への挑戦

『箱根湯の花プリンスホテル』の先進性を語る上で欠かせないのが、地熱の蒸気によってタービンを稼働させるバイナリー発電の導入である。国内でもまだ珍しいこの試みは、2021年に着任した笹尾支配人にとって、ゼロからの挑戦であり、承認がおりるまでの道のりは困難ではあったが、2023年6月には無事に設備が竣工し稼働を開始した。

稼働初期には蒸気圧が当初想定の3分の1に低下し、一時停止を余儀なくされたものの、この取り組みは神奈川県や箱根町にとって「地熱発電の実現」という貴重な実績となった。JICA(国際協力機構)を通じた海外視察団が訪れた際には、「自国にも地熱はあるが活用できていない。どうやって国立公園内でこの壁を越えたのか」との質問が寄せられたという。取り組みの国際的意義を物語るエピソードだろう。

稼働時にはホテルで使用する電力の約20%をまかなう地熱バイナリー発電。

「日本は世界第3位の地熱資源国でありながら、地熱発電の比率はわずか2〜3%にとどまっています」と笹尾支配人は現状を指摘する。地熱大国である日本にとっては取り組むべき課題として注目されているバイナリー発電ではあるが、地元の温泉事業者からは、「地熱利用によって源泉が枯渇するのではないか」という懸念もあった。しかし、神奈川県の温泉地学研究所の科学的調査により、バイナリー発電が他の源泉に悪影響を及ぼさないことが証明され、理解を得ることに成功した。

地表約300メートルから噴き上がる約130℃の蒸気は、冷暖房、給湯、温泉造成のすべてに不可欠な存在である。蒸気を有効活用するバイナリー発電の進歩には、地熱大国日本にとって夢と可能性が溢れている。

客室は全49室の和室に加え、ベッドルームを10室用意している。©2025箱根湯の花プリンスホテル

スマートリゾートへの展望

将来的には、スマートリゾートとしての確立を目指しているという『箱根湯の花プリンスホテル』。2030年ごろまでにホテル全体の電力をすべてバイナリー発電で賄い、発電時に発生する余剰熱で温室を加温。そこで栽培される「湯の花野菜や果物」を、ホテル内で消費するという循環型施設の構築を目指しているという。さらに、「限りある資源を大切に使うこと、食品ロスを抑えつつお客様に満足いただける料理を提供することが、サステナブルな宿づくりにおいて現場が果たすべき役割です」と、笹尾支配人は語る。

そんな『箱根湯の花プリンスホテル』が提供するのは、日常を離れ、心身を癒す非日常の体験である。笹尾支配人は「リゾートホテルとして、お客様の特別な時間をお手伝いできるよう努めております」と話す。

四季折々の旬を生かした、彩り豊かな和会席。©2025箱根湯の花プリンスホテル

乳白色の温泉は特に女性客に好評で「美肌の湯」としても知られている。宿泊中は、到着後すぐに露天風呂で心身をほぐし、中庭の散策でクールダウン、ラウンジでのひとときを過ごしてもらうことを提案している。「お休み前に星空の下で再び湯を楽しんでいただき、早朝には澄んだ空気の中での湯浴みをご体感いただけます」との笹尾支配人の言葉のように、時間ごとに異なる風情を楽しみたい。

海外からの宿泊客も年々増加しており、「温泉・畳・浴衣・和食・布団」といった日本文化を体験できる点が評価されている。今後はさらに、日本の伝統文化を楽しめる機会を拡充していく方針だという。

ホテル正面には「箱根湯の花ゴルフ場」が広がり、9番・16番ティーからは相模湾の絶景を望むことができる。©2025箱根湯の花プリンスホテル

「エコタウンHAKONE」を見据えたホテル経営

笹尾支配人にとって、『箱根湯の花プリンスホテル』は次世代への大きな夢を託す場所でもある。プリンスホテルにとっても、地熱を用いたバイナリー発電は初の試みであり、「新たな再生可能エネルギーとしての可能性を確立したい」と期待が寄せられている。将来的には、『箱根湯の花プリンスホテル』で生産した電力を地域の他施設にも供給し、「エコタウンHAKONE」として一帯を進化させる構想を描いているそうだ。国際的な観光地としての格をさらに高めるビジョンが、静かに、しかし着実に形を成しつつある。

就任から短期間で難題を次々と乗り越えてきた笹尾支配人。今回のリニューアルとバイナリー発電の導入は、ホテルの存在価値をさらに高める礎となるだろう。大地の恵みに敬意を払い、未来を見据えながら、訪れる人々に唯一無二の体験を提供するための挑戦は、これからも続いていく。


Information

箱根湯の花プリンスホテル
https://www.princehotels.co.jp/yunohana/

神奈川県足柄下郡箱根町芦之湯93
お問い合わせ・ご予約
電話:0460-83-5112

【ダイナースクラブ会員様限定 宿泊プラン】

期間:2025年12月26日まで

詳細・ご予約はこちらから

  • お支払いの際はダイナースクラブカードをご利用ください。

笹尾氏プロフィール

笹尾雅洋
Yoshihiro SASAO

1970年神奈川県・箱根町生まれ。1993年に西武・プリンスホテルズワールドワイドの前身である株式会社コクドに入社。『苗場プリンスホテル』から始まって宿泊・営業・企画部門の業務に携わり、2021年に『箱根湯の花プリンスホテル』の支配人に就任。「地元箱根への恩返し」との思いとともに業務に邁進する。


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地熱バイナリー発電に取り組む『箱根湯の花プリンスホテル』笹尾雅洋支配人へのインタビューをご紹介。