インタビュー

第二のふるさとを探して
豊かな自然こそ、きれいな酒を育むテロワール
群馬県川場村

写真・岡村昌宏 文・勅使河原加奈子

Photographs by Masahiro OKAMURA(Crossover) Text by Kanako TESHIGAWARA

創業から138年。
老舗酒蔵「永井酒造」が、先進的なテイスティングルームをつくった。
真価を問い、進化を恐れず、深化を求める……。
6代目蔵元とマダムが、酒造りで地域の価値を高め、日本酒を通して世界に発信したいメッセージとは?

上と左下:2023年8月にオープンした招待制のテイスティングルーム「SHINKA(真価・進化・深化)」。永井酒造の水源地の自然をイメージした廊下「KOMOREBIの森」の光に導かれながら進むと、明るく開放的な空間が眼前に現れる。右下:米・麹・水のみを原料とする「MIZUBASHO PURE」と名づけられた瓶内二次発酵のスパークリング日本酒は、シャンパンと同等の5気圧。細かな泡沫がまっすぐに立ち上り、乾杯にふさわしいエレガントな風格をたたえる。

川場村から世界へ、父の背中から学んだファミリービジネスの流儀

左:永井酒造 6代目蔵元 永井則吉さん 右:取締役・CBO 永井松美さん
1972年(昭和47年)川場村生まれ。瓶内二次発酵による本格的なスパークリング日本酒の先駆け「MIZUBASHO PURE」を開発。2016年「一般社団法人awa酒協会」を設立。日本酒の可能性を最大限に引き出し、革新的な価値観を世界に発信し続ける。妻の松美さんは東京都出身。米国州政府商務局や観光局などを経て、高級ホテルや旅館を中心にラグジュアリートラベル業に従事。米国在住歴13年。現地ではVIP向けワイナリーの視察などを企画。永井酒造ではブランディングを担当。

群馬県川場村で日本酒を醸す永井酒造に、招待制というユニークなシステムのテイスティングルームが誕生した。その名も『SHINKA』。天然木をふんだんに使い、自然光が注ぎ込む、明るくモダンな空間。SHINKAへの招待状は、特別な機会にリリースされる熟成酒のボトルに添えられている。限定の日本酒や、「ラボSAKE」と呼ばれる小ロットの実験的な酒と出合い、永井酒造の"伝統と革新"に触れることができるVIPルームだ。予約は3ヵ月先まで埋まり、海外からのゲストも増えている。

「夏は緑一色、秋は黄金色、冬は雪景色。移り変わる水田の光景とともに、お酒を味わいながら川場の四季を感じていただきたい」。SHINKAで迎えてくださったのは、永井酒造6代目蔵元の永井則吉さんと、取締役であり、蔵のブランディング責任者でもある永井松美さんご夫妻。「パンデミックでお酒を囲んで集う機会がなくなった時、ふたりでお客様とのつながりについて考えたんです。お客様を蔵にお迎えして、川場村の風土を分かち合い、ご縁を深めたいと思いました」。SHINKAの誕生を松美さんは振り返る。

大学で建築を専攻した則吉さんは、ものづくりが大好きだった。父が政治家だった時代に川場村に戻って蔵に入り、まず驚いたのは日本酒の価格の低さだった。「日本酒の価値を上げたい」。その思いは熟成酒のチャレンジへと向かった。親を説得して毎年少量ずつ酒を取り置き熟成させた。10年かけて理想の貯蔵温度(-3〜-5℃)を見つけ、蔵の代表に就任した2013年、ついに熟成酒「水芭蕉Vintage」がデビュー。熟成酒と並行して2003年からはスパークリング日本酒にトライする。シャンパンにも匹敵する、瓶内二次発酵で5気圧以上、透明な発泡酒という前代未聞のスペック。700レシピを試し、構想から15年を経て2008年に「MIZUBASHO PURE」が誕生するまで、実に3000本以上のボトルが割れた。「革新なくして酒造りはない」。則吉さんのイノベイティブな精神は、斬新なアイデアを次々と形にして川場村を大きく発展させた父、鶴二さんの影響だろうか。

則吉さんが思い描く未来は、"日本酒が外国の酒と同じテーブルに共存する世界"だ。「父が背中を見せてくれました。ほかを蹴り落として進むのではなく、皆で進めば遠くへ行ける」。2016年には一般社団法人awa酒協会を設立し、2020年からは一般社団法人刻SAKE協会の会員として、瓶内二次発酵のスパークリング日本酒、熟成酒の価値と品質の向上に努める。

明治時代の創業以来、最も多い生産量となった永井酒造では、全体の7割近くの酒が地元群馬県で消費される。川場村から世界に発信する私たちを、地元のみなさんが応援してくれている。それがとてもうれしいと永井夫妻は語る。2020年には「尾瀬の水芭蕉プロジェクト」を立ち上げ、地域の自然を守る持続的な環境保全活動をスタートした。川場村と共に発展を続ける永井酒造、次はどんな景色を見せてくれるのだろう。

左:限定88本リリースのブレンデッド熟成酒「THE MIZUBASHO Aged 17Years Sake」はオーク樽で熟成。165,000円という高価格にもかかわらず、先行予約で売り切れた。遠くはドバイのホテルからも注文が。右:川場村の村長だった父・永井鶴二氏が最初に整備に着手した水田から、「テイスティングルームSHINKA」のある「水芭蕉蔵」を臨む。

左:ダイナースクラブとのコラボレーションで誕生する「水芭蕉 D’s Vintage」。ラベルには女性墨絵作家の蓮水氏による、恵みの雨に輝く水芭蕉の絵が採用される。右:尾瀬の環境保全と女性のエンパワーメントを支援するアーティストシリーズ。2024-2025年は女性日本画家の大竹寛子氏による水芭蕉の絵がラベルに。女性が親しみやすい酒質のスペックも魅力。

水田に面したSHINKAのテイスティングルーム。川場村の山桜の原木を使った長さ5メートルのテーブルが存在感を放つ。SHINKAのコンセプトは永井家のリビングルームだ。

永井酒造
住所:群馬県利根郡川場村門前713
電話:0278-52-2313
営業時間:9:00~17:00
定休日:火曜


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「農業+観光」の村づくりを実現した川場村の酒蔵「永井酒造」永井則吉さん・永井松美さんへのインタビューをご紹介。