京の名水 古都の味
写真・伊藤 信 文・白木麻紀子(アリカ)
滑らかな舌ざわりと淡泊な味わい。麸は、京料理や精進料理に欠かせない食材だ。京都の麸といえば、椀物に色を添える手毬麸や、笹に包まれた菓子・麸饅頭を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。一方、京都人の家庭では、卵とじや吸い物、茶碗蒸しなど、普段のおかずに用い、頻繁に食卓に上る身近な存在だ。
室町時代に中国から伝わった麸は、江戸期頃までは貴族や僧侶など、一部の階級のみが口にする食材だった。京都で麸の生産が盛んになったのは、宮中や寺院などの消費地が多かったことがまず挙げられる。
そして、製造に欠かせない水が豊富だったことも外せない理由だろう。麸は、小麦粉と水のみを原材料とする焼き麸と、それにもち粉を加えた生麸の2つに分けられる。「お麸は材料がシンプルなぶん、水の味がダイレクトに反映されます」と語るのは、『半兵衛麸』の玉置淳さん。麸の原材料・グルテンは、小麦粉に水を加え捏ねてから寝かせ、その後、でんぷん質を大量の水で洗い流して出来上がる。さらに生麸の場合は形成した後、茹でる・蒸す・冷やすといった工程の随所で多くの水が使われている。
宮中の大膳寮で料理人を務めていた初代が、1689年(元禄2年)に創業した『半兵衛麸』では、生麸の製造に、今も昔も変わらず地下水を用いている。〝やらかい(軟らかい)〞と評されるその水は、地下約40メートルから汲み上げる井戸水で、カルシウムやマグネシウムなどを適度に含む中軟水だ。一年を通して約19度に保たれた水を豊富に使い、生地の寝かし時間や練る際の水加減など、季節や天候で変化するその日の状態に合わせて職人による微調整が加えられ、きめ細かな麸へと仕上げられてゆく。
同店の茶房では、京言葉で「腹の虫を抑える軽い食事」という意味の「むし養い」と名付けられた麸料理がいただける。
料亭や割烹で味わうものと思われがちな麸を、自宅でも気軽に食べてもらうために、多様な使い方を紹介する目的で提供を始めたものだ。
もっちりした生麸の田楽やサクサクッとした吹き寄せ麸の揚げ物、肉を思わせる噛みごたえが印象的な生麸の時雨煮など、家庭的な調理法にこだわった約10種の麸料理が並び、その食感と味わいは多彩で飽きることがない。
「お麸はあくまで脇役。ただ、役者さんでもよい脇役がいてこそ、主役が引き立つ……そんなポジションのお麸を引き継いでいきたいんです」と玉置さん。京都を訪れたならば、この街の水に育まれた名脇役を堪能してみてはいかがだろう。
半兵衛麸
京都市東山区問屋町通五条下ル上人町433
電話:075-525-0008
営業時間:9:00~17:00、
茶房『半兵衛』11:00~16:00(入店14:30まで)
定休日:水曜
「むし養い」3,850円(税込)※要予約
*掲載情報は2021年3月号掲載時点のものです。
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白木麻紀子(アリカ)さんが綴るコラム【京の名水 古都の味】。今回は「宮中で培われた技と京の水が溶け込む麸の味わい」。