京都、路地のなじみ

季の味に真心が染みわたる
下河原の隠れ家

写真・伊藤信 文・永野香(アリカ)

観光客が行き交う下河原通とねねの道を結ぶ、高台寺北門前通。人がぐっと少なくなるこの坂道の中ほどに、民家に挟まれた細い路地がある。入り口には小さな角行灯。そして石畳の両側に竹垣が張られた情緒あふれるアプローチの先にあるのが、日本料理店『まとの』だ。

引き戸を開けると芳しいお香と明るい女将に迎えられ、畳敷きに椅子席の個室に身を置けば、まるで家に招かれたような、ほっと寛いだ空気に包まれる。

主人の的埜直記まとの なおきさんは高校卒業後料理の道に入り、優れた先達を求めて修業を重ね、石塀小路の京料理店で料理長を務めたのち1996年北山で独立。建仁寺そばへの移転を経て2010年、現在地に店を構えた。「少しずつ手を入れ庭の木も育ち、ようやく形になってきました」。

料理は昼・夜ともにコースで供される。北山時代から通い続ける人もおり、「前に召し上がったのと重ならないよう献立を考えますので、喜んでいただこうと思うとつい損得抜きになってしまいます」。

なじみ客を惹きつける理由の一つは、徹底した素材へのこだわり。まず出汁は要となる水を京見峠までわざわざ汲みに、利尻昆布は北海道旧仙法志村の生産者から取り寄せ、自ら削る枕崎の本枯節とともに、旨みをじっくり引き出していく。

またことのほか評判なのが、造りや焼物などで供される魚介。兵庫出身の的埜さんは昔から親しんだ瀬戸内の、なかでも播磨灘沖の家島諸島のものを好んで使う。

この日は天然のとらふぐが登場した。ふわっと身が軟らかい照り焼きにピリリと一味唐辛子が利いた焼きふぐ、そこに花を添えるのが菊花蕪の酢の物だ。「この時期の蕪はまだ甘みが薄いですが、酢の物に丁度良いんです」。時季に応じた素材の扱いは、料理人の先達はもちろん、野菜を振り売りする大原女からも教わってきた。

そして椀物は、蓮蒸しの白味噌仕立て。蓮根をすりおろし、伊勢海老と銀杏を蒸し固めた蓮蒸しの上品な旨み、濃厚ながら後口の良い白味噌がお腹をじわっと温めてくれる。

伝統の技術で素材を巧みに扱う的埜さんだが、自らの料理を「京料理」とはあまり語らない。「京料理というと、とても華やかなイメージでしょう。でも私は自分の料理しかできませんから。ただ基本を大事に、季節ごとの走り・旬・名残の食材を取り合わせ、それを楽しみに来られるお客様に喜んでいただきたい一心です」。

けっして奇をてらわず、真摯に素材と向き合う料理人の矜恃が、質実なひと品ひと品にこめられている。

まとの

京都市東山区高台寺北門前通下河原東入ル鷲尾町501

電話:075-531-0202

営業時間:12:00~13:00(L.O.)、17:30~19:30(L.O.)※予約制

定休日:不定休

夜のコース 18,150円~(税・サービス料込み)
※昼は現金支払いのみ

*掲載情報は2025年1&2月号掲載時点のものです。

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永野香(アリカ)さんが綴るコラム【京都、路地のなじみ】。今回は「季の味に真心が染みわたる下河原の隠れ家」。