京の名水 古都の味
写真・伊藤 信 文・新家康規(アリカ)
京都は〝水の都〞である。三方を山で囲まれた京都盆地の地下には、琵琶湖に匹敵する量の水をたたえているという。
その豊富な水が、人々の生活を潤してきた。なかでもその奥深い食文化は、この良質な水こそが支えてきたと言っても過言ではないだろう。
盆地の南端に位置する伏見区は、京都の酒どころ。桃山丘陵の地下に蓄えられた伏流水が、神社の境内や道路の脇など、町のあちこちから湧き出す。その豊かな水を利用して、古くは弥生時代から酒造りが行われてきた。
伏見の酒は、その口当たりのよさから「女酒」とも称される。その言葉だけを捉え、灘の辛口の「男酒」に比べて甘い酒という印象をもたれがちだが、さにあらず。キリッと引き締まった吟醸酒から芳醇に香り立つ純米酒、シャンパンのように微発泡するにごり酒まで、多彩な味わいの酒に出合うことができる。
現在伏見では、2キロ四方に23蔵が立ち並ぶが、狭いエリアにもかかわらず、それぞれの蔵で醸す酒には強く個性が表れる。その味わいの決め手となるのが、やはり水だ。
「伏見の水は、カルシウムやマグネシウムなど、酵母の栄養となるミネラル分をバランス良く含む中硬水。灘などで湧く硬水に比べて発酵に時間がかかるため、酸が少なくなり、なめらかできめ細かな風味のお酒が生まれます」と教えてくれたのは、伏見酒造組合の理事長であり、「月の桂」醸造元『増田德兵衞商店』14代目当主の増田德兵衞さん。
伏見で最も古い酒蔵の一つである同商店では、洗米、米に水分を含ませる浸漬、蒸米、酵母(酛)の培養、割水などの各工程に、地下60メートルから汲み上げた水を使っている。
「同じ水脈の水を使っても、各酒蔵の杜氏の技やタイミングなどによって発酵に微妙な差がつく。それは硬くも軟らかくもない、適度なミネラル分を含む水が、酒母の持つ潜在力を引き出してくれるからです」。
長く愛されてきた銘柄に加え、京都府産酒米を使用した純米大吟醸にごり酒や、新種の酵母を複数用いたブレンド酒など、女性ファンや若年層も見据え、新しい味への挑戦を続ける『増田德兵衞商店』。
その酒は、ニューヨークの高級レストランやルフトハンザ航空の機内酒にも採用されている。いずれも深い味わいでいてすっと消える後口に、つい杯を重ねてしまう。
「伏見の酒は、京料理と共に発展してきました。だから酒そのものの個性は主張しすぎず、繊細な料理の味を引き立てる。食中酒に最適なんです」。
古都の夕餉は、伏見の水が育んだ豊かな個性をかたわらに置いて楽しみたい。
増田德兵衞商店
京都市伏見区下鳥羽長田町135
電話:075-611-5151
営業時間:9:00 ~ 17:00
定休日:日曜・祝日、4月~ 9月の土曜
「月の桂The Branché」720ml 2,200円(税込)など
*掲載情報は2021年1&2月号掲載時点のものです。
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新家康規(アリカ)さんが綴るコラム【京の名水 古都の味】。今回は「水が育むまろやかな風味京都・伏見の「女酒」」。