京都肉三昧
民藝の作品に囲まれ味わう
「しゃぶしゃぶ」のルーツ

写真・伊藤 信 文・澤井祐輝(アリカ)

祇園・花見小路から一本の細い路地を進むと右手に佇むのは、築170年超の建物。しゃぶしゃぶ発祥の地『十二段家本店』だ。かつてのお茶屋の雰囲気を残す座敷を飾るのは、河井寛次郎の陶器に棟方志功の版画など。いずれも名もなき人の手による生活道具「民藝」に美を見出した作家たちだ。この店と民藝との縁は、深い。

創業は明治時代。太平洋戦争により一度は閉店を余儀なくされるも戦後、西垣光温氏が2代目として暖簾を引き継いだことで、新しい看板料理が生まれる。大阪で美術本や稀覯本を扱う書店を営んでいた時代に棟方と親しくなった2代目は、彼を通じてほどなく河井とも知り合う。「父は河井先生の作品や人間性に強く惹かれて次第に民藝に傾倒。毎日のように河井家を訪れては食材を届け、お返しに作品をいただくこともたびたびでした」と3代目・西垣隆光さん。

しゃぶしゃぶ

1947年(昭和22年)、店を訪れた民藝運動家の吉田璋也が、飾ってあった独特の形の鍋に目を留めた。中国の羊肉料理「涮羊肉」の鍋だと気づいた吉田は、『十二段家』でもそんな鍋料理をと提案。そこで2代目は、食通の民藝運動家たちを集めては試食会を重ね、羊の代わりに牛を使った「牛肉の水炊き」を完成させた。のちに「しゃぶしゃぶ」と呼ばれるこの料理は、戦後の復興を率いた京都市長をはじめ政財界の人々に愛され、国内外の客をもてなす会食にも供される。やがて京の名物肉料理の一つとなっていった。

民藝の器にのせて運ばれてくる肉は、京都府亀岡産の京都牛。「最近はサシの多い肉が好まれるようですが、うちは昔と変わらず脂が多過ぎず、噛みごたえがあるサーロインと決めています」と3代目。2代目がデザインし、京都の職人に作らせた銅製の鍋も、今も変わらぬ姿だ。煙突状の中心部に炭を入れると周りの湯は沸騰手前の温度を保ち、肉の灰汁を一切出さず、旨みを逃がさない。極薄の肉はさっと湯をくぐらせ、ゴマの風味が香り立つ自家製ゴマダレを絡めていただく。すりゴマに一番出汁や醤油、辣油などを合わせ、甘みは一切加えないタレはさらりと上品な口当たりで、ほどよい弾力の肉を引き立て、もう一枚、もう一枚と箸を進ませる。

素朴な芸術品と町家の趣が調和する、どこか懐かしい雰囲気。多くの賓客をくつろがせ、もてなしてきた空間で、作り手の技巧が密かに凝らされた料理を、目で舌で愉しんでみたい。

十二段家 本店

京都市東山区祇園町570-128
電話:075-561-0213
営業時間:11:30 ~13:30(L.O.)、17:00 ~20:00(L.O.)
定休日:木曜・第3水曜

http://junidanya-kyoto.com/

特選黒毛和牛
しゃぶしゃぶ コース11,000円~(税・サ別)
※小学生(12歳)以下入店不可

  • 新型コロナウイルスの感染症の影響により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。

*掲載情報は2020年10月号掲載時点のものです。

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