古都の音色

野趣に富む“流れの庭”
多彩な水音が響く
『無鄰菴』

文・白木麻紀子(アリカ)

Text by Makiko SHIRAKI(Arika Inc.)

京都・東山、南禅寺のほど近く。老舗料亭『瓢亭』と路地を挟んで隣り合う屋敷がある。水を巧みに取り入れた“流れの庭”とも評される庭園を持つ『無鄰菴』だ。

もともと南禅寺の境内だったこの界隈は、明治期に入り、政財界の重鎮がこぞって普請する一大別荘地へと変貌を遂げた。今も残る別荘群の中で唯一通年公開されている無鄰菴は、「元老中の元老」と称された山縣有朋の別荘として1896年(明治29年)に造営。
山縣は東山連峰を借景とする約950坪の敷地に、琵琶湖疏水から水を引き、芝生や樅、杉、楓などを用いた庭を注文したという。

琵琶湖疏水から汲み上げられた水は滝を落ち、池となり、せせらぎとなって庭を巡る。最奥に位置する滝の前に立つと、わずかな落差ながら水の落ちる音が木々に反響し、ゴゴゴという激しい音が響く。

また同時に、コポコポ、カラカラと心地よい軽やかな音も耳に飛び込んでくる。滝の先に設けられた瀬落ちと呼ばれる段差を、水が滑るように流れ落ちる際の音のようだ。激しさと軽やかさ、2つの音に入り交じって、時折鳥のさえずりも聞こえてくる……。

イメージ

この“流れの庭”を造り上げたのは、平安神宮神苑や円山公園などの名庭でも知られる「植治」こと七代目小川治兵衞。躍動感を湛え、しなやかに姿を変える無鄰菴の水の流れは、後に近代日本庭園の先駆者と謳われる新進気鋭の作庭家が、意図的に造り上げたものだ。

この庭には田園を彷彿させる眺めから山の風景へと変化する植栽の“遊び”も隠されている。入口から木戸をくぐり庭に入ると、澄んだ水を湛える小川が右手に消えてゆくのが見える。前方には日当たりのよい芝地がなだらかに広がり田園風景を思わせる。2つに枝分かれした細い水路は、庭の奥へと訪問者を導くかのように設えられている。

浅瀬に打たれた沢飛び石を渡り、モミジの林を抜けると、最後に「三段の滝」へ辿り着く。ふと後ろを振り返ると、芝地は杉木立によって隠れ、まるで森の中のような景色に。

「庭は、山縣が故郷・長州の山野を偲び、“あるがままの自然”を表現したものと言われています。禅寺などの凛とした厳しさを持つ庭とは異なり、伸びやかな雰囲気。当時は珍しい芝生や樅の木を大胆に採用し、洋風と和風を見事に融合させた庭でもあります」と、現在の指定管理者である植彌加藤造園の庭師・出口健太さん。

明治の元老がこよなく愛したという庭。水が奏でる音色に耳を傾けながら、心の赴くままに散策してみたい。

無鄰菴

京都市左京区南禅寺草川町31

TEL:075-771-3909

開場時間:9:00~17:00(最終入場は閉場30分前) ※季節により変更あり

定休日:12月29日~1月3日

*掲載情報は2019年3月号掲載時点のものです。

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白木麻紀子(アリカ)さんが綴るコラム【古都の音色】。今回は「野趣に富む“流れの庭” 多彩な水音が響く『無鄰菴』」。